偶然の責任 前編
偶然ってのは。
意外とタチが悪い。
「あー!フーセン野郎!!」
華武高校野球部1年、御柳芭唐はその日久しぶりの休日をぶらぶらと過ごしていた。
そろそろ昼飯でも、そんな時間。
突然大声をふっかけられた。
「テメ・・・、十二支の猿ヤロー?」
確か先日の練習試合、最後の最後でやかましかった奴。
うるせー印象が強すぎで、人に関心の薄い御柳も流石に記憶に残っていた。
「誰が猿ヤローだ!オレにゃ猿野天国ってゴージャスかつハンサム風味な名前がついてんだよ!」
人のことフーセン野郎呼ばわりしたことを空のかなたに吹っ飛ばしてくれやがった。
「うるせー、しっかり猿がついてんじゃねーか。猿ヤローで十分だろ。」
「まだ言うかー!」
(マジでうるせーな。何様だよこいつは。)
隣で騒ぐ天国を御柳は早速うっとうしく思い始めた。
そんな時。
「おい、てめー。」
ムリしてガラを悪くしたような声が響く。
視線を向けると、そこには5人ほどの男が周りを囲んでいた。
「あん?」
御柳はあからさまに見下すような目つきを返す。
最も、御柳ほどの長身では自然と見下ろす形になるのだが。
「てめー御柳だろ?オレのこと忘れたってのか?」
「覚えてるわけねーだろ。んなへーへーぼんぼんヅラ。」
どうやら自分が目当てのようだ。
用件は聞くまでもないだろう。
5人も引き連れて一人(誰かさん完全無視)囲んでいれば、平和的な用件のわけがない。
険呑な空気が生まれる。
「てめーは忘れてもオレは覚えてるんだよ!あん時はよくも・・・!」
御柳には当然のことながら全く覚えはない。
「知るかよ。こちとら久々の休日なんだ。邪魔すんじゃねーよ。」
歯牙にもかけないどころか、視野に入れるのもめんどくさそうな様子で答える。
そんな態度をとられて、相手がキレないはずもなく。
「ふざけんな!!」
御柳と偶然そこに居た猿野を囲む5人は戦闘体制をとる。
「んだよ、やるってのか?」
御柳も迎撃準備に入った。
「はーい、そこまで。」
突然、気楽な声が緊迫した空気にヒビをいれた。
「何だ、テメーは?」
「…猿ヤロー…。」
天国である。
天国はこの緊迫した空気の中で落ち着き払っていた。
そして、おもむろに携帯電話を取り出すと、数個ボタンを押し、画面をつきつけた。
「ホレ、あとワンボタンでケーサツ屋さんに連絡つくぜ。」
「は?!」
(警察だと?)
「てめえ、何バカな…。」
警察と聞いてさっきから喋っていたリーダー格の男が凍りつく。
問題を起こしても、その責任を取る覚悟は全く出来ていないようだった。
「警察呼んでどうしようってんだ!」
「そりゃ事実言うだけだろ?高校生5人が二人相手を囲んで殴ってますってな。」
天国は当然のように答える。
「ま…まだなぐってねーぞ!」
「多人数でフクロにする気満々じゃねーか。よし、呼ぶぞー?」
最後のボタンを押す。
「く…っ覚えてろよ!!」
結局、5人は文字通り逃げ去っていった。
「おーい、覚えて欲しいなら名前言えよー。でなきゃ明美おぼえらんなーい。」」
天国は無表情で台詞を吐いて、クールにバカにした視線で見送る。
「おい、猿野。てめーマジで連絡したのかよ。」
「あ?するわけねーじゃん。今押したのは終話ボタンだよ。」
「は?」
どうやら天国はカマかけただけだったらしい。
「ったく、仮にも野球部員が問題起こしたらヤベーだろうが。んで出場停止とかになってみろ。
シャレになんねーぞ?」
天国は呆れたように御柳に言った。
御柳は諭されたようで、少しムカつく。
「んなドジしねーよ。」
「ま、バレて困るような事はない方がいーだろ。」
な、と天国は爽やかに笑う。
「大体まだテメーらと戦ってねーからな!オレがテメーに勝つのはグラウンドだぜ?!」
びしっと言い切った。
「ぷっ…ははははははは!」
御柳は急に笑い出した。
「猿野、おめー気に入ったぜ?」
(こいつ、マジで面白ぇ。)
ただの力バカだと思ってたら、結構深い。
それに意外と…
そして御柳は、ふと思いつく。
「おい、今から暇か?」
「あ?」
「バカを追っ払ってくれた礼だ。なんか昼飯おごるぜ?」
「あ、マジ?サンキュ。でもわりーな。」
天国は突然の誘いに驚き、だが断りの言葉を口にした。
「ん?」
「約束あんだよ。犬コロと。」
犬コロ。
こいつがそう呼んでいたのは、間違いなく…。
あのムカつく負け犬だ。
(…マジでムカつく・・・。)
「んだよ、あんな負け犬ちゃんとデキてんのか?」
言葉に棘の交じるのを、御柳は自覚した。
「はぁ?んなわけねーだろ!…ダチの予備軍みてーなとこだよ。」
少し照れくさそうな顔で天国は答えた。
その表情は天国が犬飼に少なからぬ正の感情を持っている事を表していた。
そしてその顔は御柳のいらつきを増長させた。
「それよりお前あいつと仲わりーだろ、そろそろ来るぜ?」
御柳は天国の言葉が少し遠いところで聞こえるように思った。
(ムカつく…。)
そんな御柳の心の変化に気づくでもなく、天国はふと視線を上げた。
目当ての人物が来たのだ。
「おー、犬…」
天国が声をかけようとしたとき。