彼方へ

第二部


4

その日、神に仕える地ヴァチカンは静かに朝を迎えた。
ヴァレリアス家の長が与えられた一室では、
ヴァレリアス伯が眠れね夜を越え朝日に向かっていた。

彼は一晩を考え抜いた。

罪を犯した我が子を、罪を背負うべき自らを。

奪われた妻と次男を、これから奪われるべきもの、犯されるであろう罪を。
そしてこれからの血を受け継いだ娘を…まだ見ぬ孫を。

考えるべき全てを考えた。

そして 決断を自らに下した。



するべき決断を。




「…お父様。」

ふと、娘の声がした。

「アナ。」

ふりむくと、覚悟を決めたような表情で。
アンナ・ベルが立っていた。

いつしか彼女の腹部には体内の命がはっきりと存在を示すようになっており。

彼は、娘がいつしか一人の強い母となったことに気付いた。
父は娘に向かい言った。


「アナ。私は、ヴラディスラウスを救いに行く。」

アンナ・ベルは静かに頷いた。

ヴァレリアス伯は言葉を続けた。

「だが、もし私が戻らぬ時は…アナ。」

アンナ・ベルは再度大きく頷いた。



「お父様、どうぞご安心を。その時は私が必ずお父様のお心を受け継ぎます。」

はっきりと答えたアンナ・ベルの瞳には確固たる意志が見えた。

「アナ、私は酷な人間だ。娘であるお前になにもしてやれず、
 尚且つこのような荷を背負わせてしまう…。

 ふがいない父ですまぬな…。」



「お父様。」


「アナ…。」



「どうかご無事で…私やこの子が責を追うことは
 お父様が生きてお兄様を…狂気から…悪魔からお救いになれば、ありません。
 
 いえ、私は責を負う事を恐れてはいません。私が恐れるのはお父様を…。」
「アナ。」

ヴァレリアス伯は娘の言葉を最後まで待たず。
娘を抱き締めた。



「分かっている。ありがとう…我が子よ。」




「お父様。」


父と娘は言葉もなく抱き合った。


「どうか元気で…お前なら立派に子を育てられるであろう。
 
 …アナ。」

「…はい。」


ヴァレリアス伯は優しい微笑みを浮かべた。

「アンナ・ベル。我が娘。

 お前を心から愛しているよ。」



「お父様…!」




コン コン コン


カチャ


「失礼致します、ヴァレリアス伯爵。
教皇がお呼びです。
ごしたくを願います。」

「…承知した。」


父と娘にとって、それが最後の触れ合いだった。




###########


キィイン キィン


ヴァチカンの一角の広場。
ここでは、戦士達が日々任務のための特訓を繰り返していた。

任務。
それは神の僕として悪を退けること。

神を愛し、神にその身を捧げて生きていく者たちの修行の場だった。


彼らは「聖騎士団」の名を頂いていた。


今は剣の打ち合わせの時間。
大勢の若者達が剣を振るい、勇を競い合っていた。

その中で一際速い剣を振るう若者が居た。


流れる金髪を首もとで束ね、細身の身体をしなやかに動かし。
相手の隙を次々と狙う姿は野生の豹のようだった。


ガキッ


朝の光の下、若者の剣が光る瞬間、相手の剣は叩き落されていた。


「そこまで!」


教官の声が響き、打ち合わせの時間の終わりを告げる。


「ふう…。」
若者は束ねた髪を解くと、汗を拭いた。

一息つこうか、と振り向くと。
見知った顔が近づいてきたのが見えた。


(任務か…。)


若者は気持ちが引き締まっていくのを感じた。

命の保障のない任務…それは、若者にとっては常となることだった。
この聖騎士団に所属した日から。

神のために、自らの人生は捨てたのだから。


この身は、神の為に。


そう信じるようにして。


若者は近づいてきた男に声をかけた。


「ハロルド。」

近づいてきた男は、若者よりもかなり立派な体躯の持ち主で。
剣や弓、小刀にいたるまで全ての武器の扱いに長けていた。

若者でさえも、剣の腕は互角といったところか。
だが、若者が彼に最もかなわないのは、その人柄だった。
どんな状況においても冷静で、いつも余裕を見せ、的確な判断を下す。
その余裕は仲間を安心させることに大いに役立っており。
信頼にたる人物であった。

そんな彼は若者の任務時のチームのリーダーだった。



「マルク・ロッド…命が下った。
 枢機卿のところへ行くぞ。」

マルク・ロッド。それが若者の名前だった。


「了解した…ダスティにもすぐ連絡する。」

「ああ、頼む。」

「…で、今回はどこに?ハロルド。」


マルクの問いに、ハロルド・ロイは表情をわずかに変えて、言った。


「東だ。トランシルバニア…。
 先日悪魔が降りたと噂される場所だ。」

その噂はマルクも聞いていた。
昨年の暮れる最後の瞬間、邪なる気が恐るべき力で放出された、という。
だが、年が明けても大きな騒ぎはそれ以降はなかったのに。

「…噂だけではなかった、ということか?」
命令が下ったということはなにかが起きているのだろう。
なによりハロルドのチーム…抜きん出た能力を持つといわれている彼らを選抜したことは、それだけ強大な敵がいると見たほうがいい。


「詳しくは枢機卿のところへ行ってからだ。
 ああ、それと今回は数名同行するとのことだ。」

ハロルドの言葉に、マルクは一瞬絶句した。

「同行だと?足手まといになるだけではないのか?!」

以前も、別の教団から応援の名目で戦士が数人チームに同行したのだが。
その時来た数人は、戦士とは名ばかりの騎士見習いのような者たちだった。
おかげで、チームの出足はみごとに乱れてしまったのだが…。

「素人のために命を落とすようなことになるのは私はごめんだぞ。」


「自信がおありのようだな。」

「!!」

突然マルクの後ろから落ち着いた声色の男性の声が響く。


そこにいたのは、見慣れない壮年の紳士だった。


マルクは驚愕の色を隠せなかった。
若いながら、何度も戦場を切り抜けてきた自分の後ろを、この落ち着いた様子の紳士は難なくとったのだ。

ハロルドも驚いていた。
ハロルド自身、目前に迫っていたはずのこの紳士に気づかなかったのだから。


「あ…アンタ、何者だ…?」

紳士は表情を変えずに軽く一礼する。
「失礼。私はあなた方の同行する方の部下です。
 私も同行させていただきますが…。」


「その心配はご無用です。
 あなた方は私や主人とは別のものと戦っていただきますので。」


紳士…ヨフィエルは、主人の助けとなるべき「人間」に言った。


                                           To be Continued…




おーそーくーなーりーまーしーたーーーー!!
今回はほんとにオリキャラばっかりですみません!!
ヴラディスラウス討伐に加わる聖騎士団のことを考えたら、一気に今回の話がふくれあがりまして…。
しかもヨフィエルがめっちゃ出張るし!
展開は同じですが、思ったより2部の内容が広がりそうです。


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