『アリーラ。お前は世界で一番美しい言葉と世界で一番哀しい言葉を知っているか?』
『世界で一番…美しい言葉と哀しい言葉…ですか?
私の知っている言葉なのでしょうか…。』
『ああ、知っているさ。誰もが知っている言葉だ。』
『…もしかして…ガブリエル様…。』
『そう、お前は分かっているのだな。』
あの人の笑顔を、私は覚えていたかった。
ずっと ずっと。
雪に閉ざされた氷のドラキュラ城の一室。
城の主の花嫁、アリーラは降りしきる雪を眺めていた。
四季などのないこの場所では、雪は止むこともなく。
時間の経過すらもどこか遠く。
新たな生を与えられたことも、時の流れを感じなくなる原因ではあったが。
人であった頃の記憶も徐々に薄れて、それがたまらない寂しさをアリーラに感じさせていた。
「アリーラ。」
「…ご主人様…。」
「雪を眺めていたのか。」
声をかけてきたのは、アリーラの主。
アリーラの身体に新たな生を与えた張本人であった。
まだこの身体になって間もない頃は、月のめぐりと共に人の記憶と彼への憎しみを思い出してはいたが。
時が流れ、記憶は残っていてもあの燃え立つような憎悪は薄れていた。
今は、体が求めるままに彼に従っている。
恋情より、家族を想う様に、彼を想っていた。
「ええ…雪は、とても綺麗だから…。」
「そうか。…同じようなことを言うのだな。」
誰と、と彼は言わなかった。
だが今のアリーラには分かった。
雪雲に隠れてはいたが、今宵は、月が満ちている。
「あの方は雪がお好きでした…。」
「…。」
彼は少し驚いたような目でアリーラを見ると。
次の瞬間は切なげな色を瞳に浮かばせた。
「そうだな。雪も、月も…花も…美しく清いものを愛していた…。」
アリーラは頷いた。
「ええ…水のせせらぎや木の葉の騒ぐ音…鳥達の歌う声にも…。」
彼はアリーラの肩をそっと抱いた。
「いつも…優しい瞳で…。」
「そう…奪っても…穢しても…あれは強く美しいまま。
優しさを捨てることもできない…。」
「そう…。」
アリーラは、美しい影を想った。
あのひとは、この哀しく酷い人への想いを捨てられない…。
それは、優しさゆえ…というだけではなかったが。
「あの方は必ずまた来られます…わね。」
「そうだな…必ず来るだろう…そのときこそ…。」
彼はそのときを待っている、その時のために今ここにいる…。
アリーラは主の悲しみを…激情を思い。
また起こるであろう悲劇を想った。
それが起こるとき、自分は喜ぶのだろうか…悲しむのだろうか。
それすらも分からないけれど。
(私は、私の役目を果たすだろう。)
全てが終わるまで。
あのひとが終わらせるまで。
そのときに伝えたい言葉がある。
それはきっと、世界で一番美しい言葉と、世界で一番哀しい言葉。
ありがとう と さようなら を。
end
今回は大好きな花嫁さん、アリーラさんメインです。
いずれ「彼方へ」にも登場しますが、私の中ではアリーラさんはこういう感じです。
長い愛憎めぐる戦いの中で彼女の役割とは…みたいなことも、長編でちゃんと書けたらいいな。
まあ予定は未定…ですが…。(弱気)
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