彼方へ
30
ここはどこだ?
私は…そうだ、あいつに…殺されたんだ…。
何故だ?何故私を殺した?
愛していると、言ってくれたじゃないか…?
何故私を裏切った…?
ガブリエル…!
『ほう、まだはっきりと意思を保っている。流石だな。』
?!誰だ!
『誰とはご挨拶だな。お前が呼んだのだろう?』
な…では、悪魔か?
『ああ、悪魔だ。悪魔の王…と呼ばれている。』
何だと…?
私はお前など呼んではいない…ルシフェルなど…。
『悪魔を呼んだのだろう?我は闇を生み出せし、この上ない悪魔だ。』
何故だ…何故そんな強大な…。
私はただ…。
『あれを手に入れたかっただけ…。』
!
『一途なことよ。尤もその強靭な意志こそ我には必要なもの…。
だまされていたとも知らずに。』
だまして…?
『気づいていないのか?お前は見たはずだ。 あれの背中に生えるものを。』
あいつの…背…。
『「主」の手により創造された純白の翼。
美しきArch Angel…。』
ガ ブ リ エ ル
『そう。黙示と約束の天使…神の左に座するもの。』
大天使ガブリエル…本当に…。
『ああ、真実だとも。あれはお前の行動を邪魔するためだけにここに来た。』
そのために…?
『だからお前とも仲良くしてやったのだ。目的のために。』
全てそのために…。
『ああそうだ、お前はだまされていたのだ。
あれは使命のためにここに来た。
使命のためにお前に近づいた。
使命のためにお前と友になった。
お前が心を許すように。』
私は 愛していた。
『だがあいつはお前を愛してはいない。
愛しているのは神だけだ。』
嘘をついていたのか
『その通りだ。あいつは嘘。
公爵家のガブリエル・ド・クリスタなど最初から存在しない。
あれは大天使ガブリエルだ。』
全て嘘…。
『そう…許せないな…。』
ああ…許せない…。
『どうだ?復讐するか…?』
許さない…。
『そうだ、復讐するんだ。』
復讐…。
『さあ、私の手をとれ。
望むままに復讐してやる。』
復讐…?
『そうだ。私がしてやろう。』
して くれるのか?
『そうだ、さあこちらに来るがいい。』
お前が して くれるのか?
『そうだ。私がしてやろう。』
『お前の身体で』
!
#########
虚空に雷撃が走った。
上空に浮かぶヴラディスラウスの身体がゆっくりと動き出す。
生きている。
だが…もう。
ガブリエルは絶望に目を伏せた。
すると。
どさり、ヴラディスラウスの身体がテラスに落ちた。
「?! ヴラディス?!」
ガブリエルは弾かれたようにヴラディスラウスのもとに走った。
冷たい、氷のような身体…だが、吐息は先ほどよりずっと穏やかだった。
これは悪魔の象徴だ。
間違いなく彼の身体は「変わって」しまっている。
だが…。
ルシフェルでは ない。
目の前の事実にガブリエルは混乱する。
すると。
「…まさか私を拒み通すとは…。」
頭上より…その声が響いた。
「ルシフェル…?!では…これは…。」
「ふん、それは「そいつ」のままだ。
生意気にも私を拒否しきった…予想外だったな。」
数万年ぶりの失態。
ルシフェルは自分の読み違いに臍をかんでいた。
ヴラディスラウスはルシフェルの誘いに応じなかった。
(お前にして欲しいわけではない!!)
(私は私の意志で動く!!)
(お前に私を渡すものか…!)
ヴラディスラウスは、この崖淵の場で驚くほど冷静な判断を見せたのだ。
ルシフェルの目論見を嗅ぎ取り、それを阻止した…。
王の誘惑を見事に退かせたのだ。
ルシフェルは少なからぬ屈辱を感じた。
だがそれと同時に、ヴラディスラウスの強靭さを感心していた。
「まあいい…まだまだチャンスはある。
また機会を見つけて今度こそいただくとしよう…。」
「させるか…!」
ガブリエルは剣を取るとルシフェルに切りかかる。
が。
ギィイィイン
「ぐ…っ!!」
ルシフェルが放つ衝撃波で、ガブリエルは剣ごと飛ばされてしまった。
「たわいもない…随分と魂を弱らせているな、ガブリエル。」
ガブリエルはすぐに体制を立て直そうとしたが、身体が動かない。
まだ禊を終えておらず、回復しきってはいなかったのだ。
そして今は最も力が弱る1月1日の数分前…。
勝ち目があるわけはなかった。
ルシフェルはゆっくりとガブリエルに近寄ると、ガブリエルの顎を軽く持ち上げる。
「ふふ…だが変わらずに美しい…。
人の血に濡れてさらに艶がかかっているな…。」
「…ルシ…フェル…。」
「あれから元気にしていたのか?
とても「かわいがって」もらっているのではないか?」
その言葉の含みに、ガブリエルは怒りをあらわにした。
「貴様…っ!御主を侮辱するか…!!」
その怒りをルシフェルは嘲笑する。
「ふん…全てに自分を愛することを強要し、愛さないものには罰を下す。
統べる者とは傲慢なことだな。」
『そしてお前達には他の何者をも愛することは許さない。』
ルシフェルの言葉は、今のガブリエルには大きく響いた。
だけど…。
「お前は…全てを断ち切って…今は幸せなのか…?」
ガブリエルはふと心に思った疑問をそのまま投げかけた。
ルシフェルはそんなガブリエルに、少しだけ微笑んだ。
「少なくとも昔よりは…な。」
それは悪魔の誘い言葉ではなく。
ルシフェルの言葉だった。
突然。
「ガブリエル様!!」
二人の間に割って入ってきた声は、ヨフィエルだった。
「ヨフィエル!!来るな!!」
「悪魔め…ガブリエル様にこれ以上は指一本…!」
「ほう、あの小童か。大きくなったものだ。」
「ルシフェル!」
ガブリエルはルシフェルを諌める。
ルシフェルがかつて大天使だったことは…当時の若かった天使たちには伏せられていたことだ。
だからルシフェルの言葉は、ヨフィエルには分からなかった。
「何の事だ?!とにかくこれ以上ガブリエル様には…。」
「まあいいさ、どちらにしろ身体は手に入らなかった…今日のところは退散する。」
「また来る。今度こそお前の好きな身体を手に入れて…な。」
ルシフェルはおかしげに笑うと。
虚空に消えていった。
「…っ!!」
ルシフェルが消えたのを確認したとたん。
ガブリエルはその場にくずおれた。
「ガブリエル様!!」
ヨフィエルの声が遠ざかっていく。
ヴラディスは?ヴラディスはまだ気づいていないのか?
ルシフェルが居なくなっても…ヴラディスは…。
ヴラディスラウス・ドラクリアという人間はこの日に死んだ。
そして…。
#########
「……。」
ヴラディスラウスは日が変わり年が明けたその夜…ガブリエルたちが消え去ってから目を覚ました。
暗い。
なのに良く見える…いや、むしろ月明かりが暖かく優しい。
私は変わったのだ。
ヴラディスラウスはゆらりと立ち上がり。
床に落ちていた乾ききっていない血にそっと触れた。
これは私の糧。
彼は本能でそれを察知した。
私は吸血鬼という悪魔になったのだ。
本能のままにヴラディスラウスは血を口に含む。
甘い。
これはあいつの血。
最も愛し、最も許せない…彼の…命の一片…。
その味に恍惚とする。
渡さない。
渡すものか。
神であろうと悪魔であろうと…誰にも渡さない。
ガブリエル は 私のものだ
夜明け前、生まれたばかりの獣の咆哮がトランシルバニアの地に響いた。
第一部 完
やったあああ!!ついに吸血鬼になりました!!
ついでに30話達成です!!
第2部以降はちょっと短めに切ってくことになると思います。
まだまだ先は長いですが…ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございました!
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