彼方へ
第三部
10
カツン カツン
ラジエルはミカエルの執務室に向かい、やや荒げた足音をたて進んでいた。
この場所に来るのは、数百年、数千年ぶりか。
もう数えることも不可能に近い長い時間を、ラジエルは独り知識を書き記してきた。
主の知識、人の知識、大地の知識、動物たちの知識…悪魔の知識も、彼の頭には絶えず入り、
それを絶えることなく目の前の書に記してきた。
時に必要な知識を仲間に教えることも彼の役目であった。
かつては主の力を与えた人にも書の一部を与えたこともある。
だが、その時も彼自身が与えられた仕事から離れることはなかった。
その彼が自ら動き出した大きな理由。
濃い死の匂い。
この匂いはかつて歴史の中で何度も発生はしていたが…。
その都度、天は慈しみの力を天使を通し与え、消していった。
その実行の役目を負っていた天使こそ…。
「ガブリエル様の事、どうなさるおつもりですか。」
「…っ!」
突如前から聞こえてきた声に、ラジエルは思わず足を止める。
この声は、聞きおぼえがある。
もとより、ラジエルには忘却という概念がなかった。
その明確すぎる記憶は、その声の主をラグエルであると教えていたのだ。
(ラグエル…?なぜ、ミカエルの所に…。)
ラグエルが監視の天使であることはラジエルでなくとも嫌というほど知られたことだ。
その任ゆえにあまり好かれることのない天使だが…。
ラジエルは特に嫌ってはいなかった。
起こったことをすべて知る彼には、ラジエルの事もおそらく本人以上に知っていたからだ。
だがそれと現在のラジエルの困惑とは別の問題であった。
ラグエルは監視を必要とする相手以外に、ほとんど接することはない。
天使を統べるミカエルとは時折何らかの接触をしてはいるのだが。
問題は、今ラグエルが呼んだ名。
「ガブリエルをどうするのか」と。
(ラグエル…ガブリエルを堕とすつもりでは…。)
その不安がラジエルをよぎったのだ。
その時、ミカエルの声が答えた。
いや、答えではなかったが。
「ラグエル。その前にこちらから一つ聞いておこう。
お前はガブリエルを手放したいのか?」
(…!)
ラジエルの不安をそのまま聞いたような答えに、ラジエルは身を一瞬こわばらせた。
ラグエルは動揺した様子もなく静かに答えた。
「勘違いなさるな。私も御主の力を削ぎたいなどとは思っておりませぬ。
ガブリエル様を本当の意味で手放すわけにはいかない。
それくらい私も理解はしております。」
(…そうか…。)
その言葉に、ラジエルは安堵する。
では、ゾフィエルが任を果たせばガブリエルは天に戻って来られる。
それなら。
「だからこそ、あなたはガブリエル様を閉じ込めた。
違いますか?」
「…ふん…気づいていたか…。」
「ええ。あなたが私の言に御主の前とはいえ従い、言の葉を発した時に。」
その言葉はラジエルの耳に重く、そしてどこか冷たく響いていた。
########
「……匂うな…。」
心地よい匂い。
ヴラディスラウスは凍てついた空気に混じる匂いを感じていた。
彼にとっては初めて感じる匂いだった。
今の彼がそう感じるということは、おそらくは。
そう思い、ヴラディスラウスはほくそ笑む。
「何かが起こっているな…。
だが…。」
ヴラディスラウスは隣で眠りにつく存在を抱き寄せた。
返さない。
誰にも、渡さない。
ヴラディスラウスは眠るガブリエルの額に唇を寄せた。
ガブリエルは温かく。
彼の肌にだけその匂いは決してつくことはなかった。
To be Continued…
本当にお久しぶりです。皆様いかがお過ごしでしょうか。
ようやくこちらの長編も始動です。
辻褄がびみょ〜になってきてたのですが、なんとか道筋も決定しました;;
このまま3部最後までいっちゃいたいなあ…とは思ってます。
つかエロ少ない!!
もっとエロくしないといけませんよね…。せっかく駆け落ち生活真っ最中なんですから;;
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!
これからもなんとか止めずに頑張っていきます。
ではでは。
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