彼方へ


第三部



9




記憶より少しの時間が経過している。

アンナ・ベルの目に故郷はそのように映った。

ゆっくりと馬車が止まり、先にエリザが降りて行った。
城の中の者達を呼びに入ったのだろう。
その間に、シェインはアンナ・ベルの手を取り馬車からゆっくりと下ろした。

陽の光の下、こうやって城へ戻るとあの日を思い出す。
夫と死に別れ、父や兄と…そしてガブリエルのいたこの城へ帰ってきた日を。

まだ1年と経っていないのに、あまりにもいろいろなことが起きた。
あまりにも悲しいことが多すぎた。

だからこそ。
(しっかりしなければ。)

アンナ・ベルは胸に新たな決意を抱いた。
(私が…そしてこの子がお父様の意志を受け継がなくては。)


「アンナ!アンナ・ベル様!」

ふと、城の中から自分の名前を呼ぶ声がして、顔をあげた。
するとそこには。


「…あなたは…!!」
あの時の騎士だった。

それは間違いなかった。
だが、アンナ・ベルを驚かせたのは。

そこにいた騎士が、まぎれもなく女性だったからだ。
彼女は萌黄色の質素だが品のいいドレスを身にまとっていた。


彼女の名は、マリー・ニー。
ハロルド・ニーの妻であり、エリック・ニーの母であった。


マリーはアンナ・ベルの傍によると、丁寧に頭を下げた。
「久しくお目にかかります。アンナ・ベル様、
 元聖騎士団…マルク…真の名をマリーと申します。
 そして旅に同行させましたのは私たちの息子のエリックです。

 アンナ・ベル様のお世話をこれより…夫のハロルド、息子のエリック。
 ならびにシェイン・マクダル、エリザ・マクダル夫妻とともにさせていただきます。」

「…まあ…。」

アンナ・ベルは驚き、そして。


新しい生活に、少なからぬ希望を感じ始めていた。
その思いがアンナ・ベルの顔に美しい笑顔を浮かび上がらせた。

そんな彼女にまだ幼いエリックはしっかりと向かい合い、挨拶をした。
どうやら父母の挨拶の先にしてはいけないと、礼のときを見極めていたようだ。

また、農民の子供であることをヴァチカンに疑われないためでもあった。
だがもうその必要はなくなっていた。


「アンナさま、あらためてごあいさついたします。
 エリックともうします。いたらぬてんもありますが、どうぞよろしくおねがいします。」

「まあ。」
エリックの精一杯の言葉にアンナ・ベルはまた表情をほころばせる。
素直ないい子だと思った。

そしてこの子ならきっと。


「エリックありがとう。こちらこそよろしくお願いしますね。
 この子がもうじき産まれたら、きっと仲良くしてちょうだいね。」

「こども?」

エリックは幼い表情でこどもがどこにいるのかと、不思議に思うしぐさを見せた。

「ふふ、この大きなお腹にいるのよ。
 もうすぐ生まれてくるわ。まだ男の子か女の子か分からないけれどね。」
アンナ・ベルが自分の身重の腹部を指した。

「おなかに?」
「ええ、そうよ。」

エリックは興味を持ったのかしげしげとアンナ・ベルの大きなお腹を見つめた。

「触ってみる?エリック。」
「え…いいの、ですか?」

「エリック!」
流石に主人となる女性に失礼だろうと、マリーは息子を止めに入る。
だがアンナはマリーを優しく制した。

「よいのですよ、きっとこの子も早くエリックとお友達になりたいと思っているわ。」

「…アンナ様…。」
「さあ、触ってごらんなさい。エリック。」

「は…はい。」
エリックはおそるおそる、アンナのお腹に手をあてた。



とくり、と。


小さな命が返事をした。


その瞬間の事を、エリックは生涯忘れることはなかった。



#########


死の匂いはどこにいても必ず忍び寄るものだ。
生は死と隣り合わせであり、生があるからこそ死がある。
死のために生があり、生のために死がある。

それは世界の絶対の法則だ。


だが、この高き場所では生も死も希薄だった。
地上であれば同じだけある生と死の営みの匂い。
地下であれば死の匂いのみが濃厚に漂う。
しかし天には生も死もなかった。

天使は使命そのものであり生物とは一線を画している。


なのに。


「匂う…な。」

「ラジエル様?」

知識と記録の天使、ラジエルは眉間にかすかにしわを寄せペンを走らせる手を止めた。
死が、少し前から匂い始めていた。


ゾフィエルを送った後、ラジエルはいつもの通り記録に勤しんでいた。
ガブリエルのことは心配だったが、それでも記録を止めることはしなかった。
自分に出来ることは少なく、それはもう終えてしまったからだ。

だが、彼は手を止めた。


何かが起ころうとしている。
それは分かっていた。


そして、それが地上に死をもたらすものであることも。


「…ミカエルに連絡を。今から行く。」
「ラジエル様?!」



何かが起こり始めていた。
止めなければいけない何かが。



                                 To be Continued…



相変わらずオリキャラオンリーで突っ走ってすみません;;
歴史に照らし合わすとそろそろあれが始まるころですので…。

結構天使の皆様方がそれぞれ自分勝手なことを考え始めてきたので、まとめるのが難しくなってきたかも。

けん制し合ってるみたいなとこもあればいいかな、と勝手に思ってます。
このラジエルは結構好きですね。
ミカエルと別タイプの生真面目キャラな感じです。


ではでは、読んでくださる方、いつも本当にありがとうございます!!


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