重なる面影



「なあ、梵。」

「なんだよ。つかその呼び方止めろっつってんだろ成実。」

「はいはい殿さん。」

「…敬意ってもんが感じられねえな。」


腹心であり重臣である従兄弟の軽口に答えつつ。
何か言いたいことがあるのか。

いつになく真面目な顔で話しかけてきた従兄弟にその日問うた。


「いや…あいつのことなんですけどね。」
「あいつ?」


「真田ですよ。真田幸村。」


「…なんだよ。」



「たいしたこっちゃないんだけどな。
 少し…大殿に似てるって思って。思わなかったか?」



ぴく、と政宗は反応する。



それから少し間をおいて言った。



「似てねえよ。あいつは…父上じゃねえ。」


善良で一心に人を信じ、それゆえに命を落としたあの人に…など…。



似てない。似ててたまるか。


あの人のように、死んでなどたまるか。


########

不吉な考えを振り払うように政宗は部屋を出た。

スパン、と音をたてて襖を開くと、数人の家臣が雑談に花を咲かせているのを止めた。

「あ、失礼いたしました。殿。」
頭を下げる家臣に、気にするなと手を挙げた。
それより、聞きたいことがあった。


「幸村は今どこにいる?」
「あ、はい真田殿でしたら…。」
答え始めた家臣は知らなかったようで、隣にいる臣に返事を促した。

「幸村殿でしたら、先ほど某の配下に連れられて道場に向かわれました。
 稽古をつけてほしいとせがまれておられましたが。」

「Ah…?命知らずなこった。
 俺のRivalに申し込むとはな。」
行き先を知って、少し不機嫌な気持ちになる。


「だからこそでしょう。
 筆頭の好敵手とまで言われた方と手合せできるなど、このような機会はまずありませんからな。」
「それに幸村殿のお人柄もありましょう。
 いつも下々の者にまで快く応対してくださる。
 戦場において紅蓮の鬼とまで言われる男とは思えぬほどですな。」

にこやかに幸村を語る家臣たちにも、幸村への好意が見えていた。
伊達軍においても、幸村の存在は受け入れられているのがよくわかる。

かつての敵においてもそうなのだ。甲斐ではさぞ慕われていたことだろう。
そんな風にやや複雑な思いを抱えながら、政宗は耳を傾けていた。



「ああ、そういえばお話していると輝宗様を思い出しますな。」
「そうですなあ…あの善良なお人柄は…。」



ガタン!


「!」


突然たてられた大きな音に、二人の家臣は驚いて政宗を見た。
怒っている。


理由は分からないが、その激しい怒りは、目に見えるようだった。


「と、殿?!何かお気に触られることを…。」
慌てる家臣を尻目に。
政宗は無言でその場を立ち去った。


「い、いったい何が・・・。」
「分からぬ…殿は幸村殿のこととなるとお人が変わられるな…。」



########

似ていない、似てなどいない。

「父上…。」
一心に自分を愛してくれたただ一人の肉親だった。
時には自分の親と思えぬほどに生真面目で善良な父。
だが、誰よりも政宗を愛し信じ大切に思ってくれた。

そして…人を信じた故に殺された。


「幸村…。」
たった一人の好敵手であり、自分の対。
戦場にあれば灼熱の炎の如く、日常にあれば暖かな陽光の如く。
疑うことを知らぬ無垢な存在。

誰よりも自分の心を縛り付ける愛しいもの。
信じたもののためになら、きっと。



死ねる。




「Dam'n it(くそったれ)…。」


似ているのかもしれない。
だけどだからといって死ぬと決まってるわけでもないのに。
なぜこんなに揺らいでいるのだろう。


なぜこんなに不安に思うのだろう。



答えは…すでにわかっていた。




「政宗殿?」

声がして、はっと顔をあげた。
そこに幸村がいた。


「どうなされた?酷い顔色ですぞ…。」
『梵天丸、どうした?顔色がよくない…。典医を呼ぼう。』
「どなたかお呼びいたそうか?」

「No…。」


「我慢はよろしくないですぞ。」
『我慢はよくないな。』

心配そうな顔が重なる。
いやだ。これ以上不安にさせてくれるな。

「政宗殿は奥州の長たる方。」
『お前は奥州の長になる男だ。』

「そして、何よりも。」

『そして何より。』


記憶の中で父はこう笑っていた。

『いとしい息子だ。』





「わが最大の好敵手にござる。」






「あ…。」


政宗の目の前に、幸村の好戦的な笑顔だけが残った。


そうだ。




「…Ha…!」
政宗は急に込みあがってきた可笑しさのままに、笑った。


「はははは…!そうだ、それでこそアンタだ、それが真田幸村だ!」
「???どうなされた?某にはさっぱり…。」
ひどかった顔色が一転大笑いに変わり、幸村はおおいに戸惑っていた。

「Don't mind…こっちのことだ。気にするな。」
「はあ…それならよろしいが。」


思い煩うことはない。
たとえ喪失の記憶を予感と勘違いしても、父は父であり…幸村は幸村だ。

政宗は笑いながら幸村を引き寄せた。


「わっ…!ま、政宗殿?!」
そのまま力をこめて抱きしめた。心をこめて。


「愛してるぜ…幸村。」
「え?!な?!な??!!」
突然の告白に、幸村は慌てて暴れだす。
だが、そんな幸村をまったく気にせず、政宗は抱きしめる力を強くした。


父に似たところもある、だが父とは全く違う。
そんな愛しい存在を、またさらに愛しく思いながら。



重なる面影を愛しさに変えて。



                                          end


山岡荘八先生の「伊達政宗」を読んでる最中なんですが…。
伊達パパ輝宗さんがホント善良な人で(作中かなりくりかえし強調されてます)、
いい子な幸村とちょっと似てるかも?と思ったところから始まりました。
いや、ほんとこじつけですから!!多分似てませんから!
何より作中19歳のBASARAと同年齢の筆頭がお父さんを殺されすっごい喪失感に苛まれるとこにぐっと来たんです!!
で、こんなんなりました。読んでくださった方、ありがとうございましたー!


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