こいあうもの



第二部


 

豊臣の城に仕え、まだ一週間という頃。
幸村は大坂城の広大さにも少しずつ慣れはじめ、また鍛練を始める余裕も生まれてきていた。

その日、幸村は父への手紙をしたためていた。
自分が行方不明から戻ってきてから、顔には出さずとも幸村を心配し
豊臣に向かう日まで間があれば共に過ごしていたほどだ。

その時の様子を既に懐かしく感じながら、心配はいらないと何度も書いた。

そしてもうひとつ。


「幸村様。」
「ん?おお、かすが殿。」

筆の途中で声がかかる。
振り向くと側仕えとなってくれた上杉の忍、かすががそこにいた。
やや地味な衣装を身につけていたが、
あでやかな美貌は大坂城の女官たちとなんら遜色ない華やかさを表していた。

今は側仕えらしく言葉も改めている。
しかし幸村は微笑みながら言った。

「今は豊臣の方々もおらぬ、かしこまらずともようござるよ。」

それを聞いてかすがはどきりとする。
二人きりだから、気にするなというその言葉はまるで恋人の睦言のようにも聞こえたからだ。

ぶんぶんと顔を振るかすがを、幸村はきょとりとした表情で問い返した。
「どうした?かすが殿。」
「な…っなんでもない!!」

勿論幸村にそのつもりは皆無であるのは、かすがにもよく分かっていたが。


とにもかくにも気を落ちつけ。
かすがは用件を言った。


「お前の兄君が…真田信幸殿がおいでだ。」

その事を聞くと幸村は目を輝かせた。




######

「兄上!」
「幸村、久しぶりだな。」
客人を招く別室にて、待っていたのは幸村の兄。
真田源三郎信幸だった。

切れ長の瞳が冷静な印象を見せるが、決して冷酷なものではなく
むしろ言葉なく包み込むような空気を醸し出す。
細面で長身の、中性的な美しい容貌だった。
無口ともいえるほど言葉は少なく、何を考えているのか分かりづらいというのが専らの評判だった。
思った事をそのまま口に出すような弟とは正反対とよく評されていた。

だが不思議と気は合うのか。
父とも言葉の少ないこの兄は、弟と対するときのみ多言になる。

その時信幸は既に城主である秀吉との会談はすませ、幸村との面会の許可を得ていた。
少なからず安堵した面持ちで信幸は弟を待っていた。


そこに、嬉しそうな弟の顔が飛び込んできた。
信幸も本人には珍しく表情を緩ませた。


「このように早くいらしてくださるとは思いもよりませんで、
 幸村は嬉しく思いますぞ。」
「そうか。」


白湯を携えたかすがは、兄弟の様子をそれとなく見ながら。
必要以上に気配を殺さないように気遣いつつ白湯を出すと部屋を後にした。


その姿が消えた後、信幸は改めて語り出した。


「息災か?」
「はい!」

幸村の笑顔に信幸は今度はしっかりと微笑みを見せた。


信幸にとっても、幸村の笑顔は本当にうれしかった。
長篠ののちに行方をくらませた弟を父とともに探した記憶はまだ薄れてはいない。
行方をくらませた間何があったのかは、幸村の口から説明されることはついになかった。

しばらく記憶を失いどこぞの民家で世話になっていたという事を聞いたのは…
先ほどいたかすがから聞いた事だ。
それを幸村は肯定していたが、信幸はそれだけではない事を確信していた。
だが、今はそれを聞き出そうとは思わなかった。

あの時、帰ってきた幸村の見たこともない物憂げな表情。
それを再度みたいなどとは信幸には思えなかったから。



「そうか、よかった。」
「兄上も息災なご様子で。
 某も安堵いたしました。」


幸村の方は兄の穏やかな笑みを見てまた安らいだ。
この一つしか年の違わない兄は、幸村にとって。


信玄ほどに心酔したわけではない。信玄ほどに心を預けられたわけでもない。
秀吉のようにこれから崇めねばとも思うわけではない。

あの男のように熱い心を抱き抱かれたわけでもない。


それでも自分の一部、侍でも武人でもなく人として、その一部は確かにこの兄に預けている。
そんな存在だった。


あの日。

徳川に包囲されていた上田に戻ったあの日、最初に迎えてくれたのはこの人だった。




                                     To be Continued…




ようやくクールビューティなお兄様信幸登場です!!
設定はほぼ池波正太郎先生の真田太平記より。
真田兄弟大好きなんですよね…。

お父様も大好きですがvv

さて大陸移動のごとしなおそーい連載ですが…。
次はなんとか第1次上田合戦にいけそうです。

それが終われば筆頭も出せます(おい!)

呼んでくれた方、本当にありがとうございます!


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