来年もまた
「僧正…迎部僧正。」
寺院の一角。
仏前にて祈りを捧げる優美な姿が、名を呼ぶ声に振り向いた。
「僧都か。刻限にはまだ早いはずだが…。」
「つれないことを言うものじゃないよ僧正さま。
よいものがあったから見せようかと思ったのに。」
砕けた物言いの僧都に、僧正は苦笑しながら立ち上がる。
「分かったよ加屡僧都。
お前の意見に乗ってやるとしよう。」
「はいはい。ありがたいことだ。」
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「ほう…もうこのように…。」
僧正がつれてこられたのは寺院の庭先。
まだ冷たさの残る空気をまとった梅の木にひっそりと白梅の花が咲いていた。
「毎年ね、ここの梅だけは早く咲くんだ。
今この木はちょうど見ごろだよ。」
「美しいな。」
「でしょう?」
僧正の素直な感想に、僧都は得意げに言った。
その時。
「迎部僧正、こちらでしたか。」
僧侶の一人が僧正を呼んだ。
加屡僧都は、僧正に変わりやや不機嫌な声で聞いた。
「僧正に何の用だい。
今話してる途中だよ。」
「いえ…それが。
右大臣がご子息の健康祈願の祈祷を願われているとのことで…。」
「…!」
右大臣、の名に僧都は驚き。
僧正は表情を固まらせる。
「…右大臣が…。」
「分かった。すぐに出向くので支度を。」
「僧正!」
僧都は思わず声を荒げた。
右大臣が僧正を呼ぶ。
それは…。
「右大臣のお呼びだ。
…断れはしまい。」
「だからって…右大臣はまた君を…。」
「僧都。」
僧正にたしなめられ、僧都は口をとざす。
「今年一番の花を見せてくれて礼を言うよ。
ありがとう…すまないな。」
心配ばかりをかけて、と言外で伝えた。
それはよく分かったから。
「水臭いな…いいよ。
来年もまたこの花は見れるんだから…。」
「そうだな。」
僧正は儚げに笑い、支度に戻った。
来年も君は悲しく笑ってこの花を見るのだろうか。
かの人の強すぎる愛に縛られて儚く笑うのだろうか。
そして自分は 来年もまた彼に花を見せることができるのだろうか…。
彼はふっとため息をこぼすと。
梅の花を一枝折った。
戻ってきた彼の部屋に咲かせる花を。
end
今回は加屡僧都ことカールの登場です。
倫ならぬ愛に束縛される親友を見守るって感じですか。
右大臣は当然今夜も彼を抱くつもりらしいです(笑)
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