Growth
「親父。」
「……どうした。」
動かない身体をゆっくりと動かす。
日本から帰って以来、会話も少なくなった息子が声をかけてきた。
いや、会話が少なくなったの原因は自分にある。
雉子村九泉はそれを自覚していた。
日本に帰った時に、会った過去の遺物…もう一人の彼の息子との試合に、負けてからだ。
ずっと九泉についてきてくれた黄泉は、それを気にしているのだろう。
勿論九泉自身も気にしていた。
日本に捨てた息子の姿は、過去が現在の自分を責めているように感じたから。
そして、それが現在の黄泉…そう、九泉の現在(いま)の結晶を打ち砕いた。
それはけして小さくはなかった。
矮小な自分は、それを黄泉に当たり散らしてしまった。
分かっているのに、それでもこの苛立ちを止められなくて。
そんな自分のために生きてくれた黄泉にも辛い思いばかりさせていた。
それはまぎれもない罪悪感だった。
でも、それも表に出すことは出来ない。
大きすぎたプライドは自分の全てを歪めていた。
そんな気持ちで居たある日の事だった。
「…日本から連絡があった。」
「!」
日本。今の自分を創った全ての過去の場所。
動揺せずにはいられなかった。
その動揺はいつもの様に、息子への苛立ちの形をとって口から出ようとした。
しかし、その形は出ることはなかった。
「天国が事故にあった。…もう野球はできない…と。」
「!!」
『おとうさん』
凍りついた。
『オヤジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
[事故か。]
[使い物にならないな]
[もともとイエローモンキーなんて使おうと思うのが間違いだったのさ。]
[雉子村、入団前に挫折か?!]
[日本の期待を裏切る行為]
[失意の凱旋]
[挫折の引退]
『動かないんだ…足が…。』
『あなた…!!』
もう、動かない…。
「親父、天国は…。」
「……黄泉…。」
日本に帰った時、大きくなった、ということすら思いつかなかった。
成長したとも言ってやらなかった。
だが、確かに自分の血を継いでいると…思った、息子。
お前はそんなところまで似るのか…?
「…天国に…会うか…?」
「!!」
九泉の言葉に、黄泉は目を見開く。
「…親父。」
「…行くぞ、黄泉。」
日本へ。
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「…あなた…?!それに、黄泉…!!」
十数時間後、天国の入院する病院にたどり着いた。
もう夜だったせいか、おしかけていたであろう友人たちの姿はなかった。
そして憔悴した表情の母が居た。
10年ぶりにあった妻は…あの頃のように、美しかった。
「……久しぶりだな。」
「ええ…。」
天国は眠っていた。
全身に巻かれた包帯は、痛々しさを見せる。
黄泉は天国の顔を見て、聞いた。
「…おふくろ…。天国は…。」
「…さっき眠ったのよ。
………十日前、信号無視の車にはねられて…。
一時は危なかったんだけど…もう峠は越したから。」
「……野球は、もう?」
母は無言で頷いた。
「リハビリをすれば歩くことはできるって。でも、もう…。」
「……。」
九泉は、ゆっくりと息子の傍に寄った。
最後に見た時より、ずっと弱弱しい姿。
「……天国…。」
お前は過去の自分だ、と思った。
これから苦しみ、悲しむだろう。
辛い辛い思いをするだろう、あの頃の自分と同じように。
「……。」
ふ、と天国が眼を開ける。
「天国!」
驚いた母の言葉に、意識がはっきりしたのか。
天国の目も見開かれた。
「…オヤ、ジ…?アニキ…も…。」
「……天国…。」
父と兄を確認した天国は、それでもうっすらと笑った。
「…ひさし、ぶり…。」
「…っ…。」
その表情に衝撃を受けた。
お前は笑うのか。
辛いのに、苦しいのに。それを隠して笑うのか…?
私は、お前の…。
「……なあ、ちょっと二人に…してくれね?」
「え?」
「……天国…?」
突然の言葉に、そこにいた全員を驚かせた。
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「…わしに、何の話だ?」
「……アンタは怒るかもしれねー…けどさ。
オレ、事故にあってから…ずーっとアンタの事何回も思い出してたんだ。」
「…わしを、か?」
「…うん。」
天国は視線を天井に移す。
「親父もこーだったのかなって。
すっげえ辛いとか痛いとか、何でオレが、とか考えたんだろうなって。」
九泉は驚きを隠せなかった。
そんな時に、自分を捨てた父親の気持ちを考えるのか…。
「……まあ、現実逃避…みたいな、それもあったけど…。
でも、親父に支えられた…と、思う。」
「……わしは何もしておらん。お前が勝手に考えているだけだろう。」
「うん、それでもさ。」
天国は、また笑う。
「……お前は…大きくなったな…。」
「……何、今になって。」
九泉は天国の髪を撫でた。
自分では考えられなかった場所に…今、天国はいる。
それを実感した時に。
恥ずかしさや罪悪感と共に…ある感情があふれた。
それは多分、いとおしさだったのかもしれない。
「…また、ここに来よう。
お前がいいのならな…。」
「……何、急に優しくなってんの親父…。」
「…さあ、な。」
少し照れたように、二人とも目をそらす。
しばらくして天国は言った。
「あ、でも来なくて良いから。」
「…そうか。」
その答えに九泉は一瞬落胆する。
が。
「…今度は、オレからそっちに行くから。
約束、な?」
「……!…そう、か…。」
強いな、お前は。
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「…親父、天国と何話したんだ?」
帰りの飛行機の中、黄泉は父が初めて見るほどの穏やかな空気を纏っているのに気付いた。
多分…あいつが原因だろうが。
「なんでもない。…約束しただけだ。」
横顔しか見えなかったが、そう答える父は幸せそうだった。
「…ふうん…。」
ズルいな、と黄泉は呟く。
「黄泉。」
「なんだよ。」
「…支えてやろう。天国を…。」
「!!」
黄泉は、驚いて。
「ああ。」
頷いた。
end
痛い話のつもりだったんですが、嘘のようなエンディングになりました。
というわけで、表に持ってきます。
こんなに受け入れが簡単なわけはないんですがね;;;
松井2号さんの影響で九泉×猿もいいな〜と思って書いたんですが。
まだまだこの二人は親子ですね。
親子の関係をふみはずさせるにはもっとえげつなくしないと!!(おい)
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