opportunity

 
 
 
きっかけは、いつもの出来事にちょっとプラスされたことがあっただけ。
だった。
 
 
「ああ牛尾様v」
「今日も麗しくていらっしゃるわ…!」
 
昼休みが始まっていつもの通り、3年D組の教室の前で多数の女生徒による騒ぎが起こっていた。
彼女たちの目当ては3年の華、野球部主将の牛尾御門。
彼にそれぞれ自作のランチを食べてもらおうと押しかけたのである。
ちなみにこの集まりは「牛尾様をお慕いする集い」という名を持っているそうだ。
 
そんな風景を目にしたのは。
たまたま3年の教室の近くに来た、猿野天国だった。
 
(うっわ〜…さすがキャプ。コゲ犬に勝るとも劣らんって感じだよな。)
普段犬飼には妬みをあらわにする天国ではあったが、牛尾に関してはあまり言及したことはなかった。
何せ人種が違う。そう思わずにはいられないほど 天国から見ても彼は全てが揃っていた。
 
いつもだったら、そんな風ですませていたが。
この日は少しだけ違っていた。
 
 
「牛尾様、お慕いしていますわ!!」
 
「え?あ…ちょっと君…!」
 
「…!」
 
「集い」の女生徒の一人が、牛尾に抱きついたのだ。
牛尾は困っている風だが、女子に優しい(というか回りに優しい)彼は、すぐに邪険にすることもなく。
ただ苦笑して、女生徒に離れるよう言った。
 
そんな姿を見て、少しだけ…少しだけ、いつもにはない苛立ちが生まれた。
それは犬飼にいつも感じる妬みと同じだと思った。
 
そしてその気持ちのままに、天国はその場に足を踏み出した。
 
 
自らの真意も考えることなく。
 
 
「きゃあっ、牛尾先輩vv」
 
がばり、と背後から新たな重みを感じた牛尾は、同時にその声にも驚いて振り向いた。
 
 
「猿野、くん…。」
「もう、牛センパイってば、婚約者の明美を差し置いてウワキ?!
 ひっどおい。明美は牛尾センパイだけのものなのに!」
 
「……っ。」
 
 
牛尾の表情が少し変わったのに気付くことなく
今度は「集い」の上級生の女生徒たちに向かって天国は言葉を続けた。
 
「あなたたちも!牛尾センパイは明美のものよ!」
 
「な、何をおっしゃってるの?!」
ここまで呆然としていた女生徒たちは漸く反論を始める。
 
「アナタみたいな方が牛尾様の恋人であるはずはありませんわ!」
それ以前の問題もあるが、どうやらかなり動転しているらしい。
しかし口々に非難を浴びせるバイタリティとそれは無縁のようで。
 
「牛尾様をお放しになって!」
「牛尾様の麗しいお姿が穢れてしまうわ!」
 
嫉妬に駆られた女性というのは年齢に関係なくあまり美しくないものである。
そんな女生徒たちに、天国は明美の姿のノリのままで更に口を開こうとした。
 
その時。
 
「え…っ!?ちょ、キャプテン?!」
天国の腕が力強く引かれる。
牛尾だった。
 
「……こっちへ。」
その声と力は有無を言わせなかった。
 
(やば…。)
流石に怒らせたかと、天国は少し青くなる。
牛尾の怒りの恐ろしさは、ある意味知り尽くしていたからだ。
 
牛尾はそれ以上天国の顔も見ずにそのままどんどんと足を動かす。
 
どこに連れて行かれるか見当もつかず、天国は恐る恐る聞く。
 
「あ、あの…キャプテン?」
「……。」
結局答えることなく。
 
 
牛尾が天国の腕を引いてきたのは、昼休みは無人の…野球部の部室だった。
 
 
#####
 
「て…っ!!」
天国は部室に引っ張り込まれると、ベンチに叩きつけられるように座らされた。
その勢いに驚き、天国は顔を上げる。
 
「!?」
すると唇も触れそうな至近距離に牛尾の秀麗な顔があった。
 
「な…キャプ、て…っう…っ…。」
驚くまもなく。
 
 
唇が本当に触れてきた。
 
 
「んーーーーーーっ!!!」
バット代わりにトンボで素振りをする筋力のままに、牛尾に押さえつけられた。
唇から柔らかい感触が入ってくるのが分かる。
 
(し…舌…???!!)
あまりのことに、天国は本気で混乱した。
 
 
漸く唇が離れた時、天国は体の力が全て吸い取られたような感覚に陥った。
 
だが、反論だけは忘れるわけにはいかない。
天国は火照った表情のまま牛尾をにらみつけた。
 
「え…?」
だが、牛尾の方も怒りと…それとは違う感情を込めた苦しそうな表情をしていた。
 
 
牛尾はゆっくりと口を開く。
 
 
「…どういうつもりなんだい…?」
「え…?」
 
天国は牛尾の言っていることが分からなかった。
そんな様子に牛尾は俯きながら、更に苦しそうに言った。
 
「知ってて…やってるのかい…?僕の気持ちを…。
 酷いよ…ね。」
「きゃ…キャプテン?」
 
牛尾は戸惑う天国の肩を更に強く握る。
 
「痛…っ。」
「いや…君が分かってるはずなんかない…か。」
諦めるような声音。
天国にはそれが見下されたようにも聞き取れた。
 
「分かってるはずないって…何ですかそれ。」
「そのままだよ。君が僕の気持ちを知っているはずがない。
 知っててこんなことするはずがない。」
 
「こんなこと…って?」
 
 
ぐっ、と再び肩を引き寄せられた。
 
今度は触れるだけのキスをする。
 
 
「……!」
 
 
「分かるかな?僕は君にこうしたいってずっと思ってた。
 そんな僕に無防備に触れて、僕に触れてきた女子を牽制する。
 そんな…期待させるようなこと、するなんて…。
 
 君には冗談だったんだろうけどね。」
 
「え…!」
天国は驚愕した。
今、目の前の男は何と言った?
 
こうしたかったと、期待させる、と…。
 
 
「キャプテン…。」
「それとも。」
 
「!」
 
牛尾はまっすぐ、近くで天国の目をはっきりと見た。
真剣そのものの眼差し。
 
試合中に見せるよりもっと激しく…熱い。
 
 
「君も僕の事が好きなの?」
 
「!」
 
 
 
どきり。
 
 
「…そんなはずはない、よね…。」
 
 
諦めたような顔で、牛尾は笑った。
自嘲するような笑み。
 
 
「ごめん、驚かせたね。
 …行こう。」
 
「……。」
 
 
天国は動かなかった。
牛尾は少し不思議に思い、天国の顔を見た。
 
「猿野く…?」
 
牛尾は驚いた。
天国は泣いていたのだ。
ぽろぽろ ぽろぽろ 涙をこぼしながら。
 
 
「泣いて…。」
どうして?と聞く前に、天国から口を開く。
「分からねーっすよ……けど…キャプテンにそんな顔されたら…なんか…。」
 
「僕が…?」
 
天国はぐ、と涙を袖で拭う。
 
 
「勝手に…諦めないで下さい…。 
 アンタのそんな顔…見たくない…。」
 
「え…?」
 
 
 
少しの沈黙が降りた後、牛尾は天国の傍に跪いた。
 
 
「…あきらめなくていいのかい?
 また、期待させるの?」
 
「そんなの…アンタ次第だろ…。
 努力したら、愛があればかなうってのアンタの信条じゃねえの?」
 
「…その、通りだね。」
 
牛尾は恥ずかしそうに…そして嬉しそうに微笑んだ。
 
もう一度天国に口付ける。
 
 
「努力させてもらうよ。…ありがとう。」
 
 
 
その笑顔は、天国が初めて見る 綺麗な笑顔だった。
 
 
 
 
                                                                                end

 webオンリーイベント、「大輪一輪咲」に出品させていただきました。
牛猿シリアス風甘小説…です。多分。
早速こちらにもupさせていただきました。貧乏性ですすみません;
橄欖様、本当にありがとうございました!!

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