さよなら ひとつ
前編
「オレ、アンタ程度には負けないぜ?」
強くなりたかったかよ、アンタに会うために。
アンタより強く。
会って、褒めて欲しかったよ。
…もう無理な話だっつーの…。
なあ、玄徳サン…。
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「敵将!討ちとったぁ!!」
夷陵の蜀陣営の奥で、総大将の体がくずおれていく。
劉備は力なく呟いた。
「桃園の花は…散ってしまったか…。」
炎が盛る天だが、せめて見ようと、うつ伏せに倒れた身体を動かそうとした。
だが、もう自力で動かすことは難しかった。
「…。」
義弟たちのいる空を見ることもかなわないか…と力を抜きかけた、その時。
劉備はぐい、と自分の体が抱きあげられ上に向けられるのに気付いた。
「…?!」
驚く劉備の視界に入ったのは、味方ではなく。
今自分に致命傷を与えた相手…呉の将軍、凌統だった。
「……。」
凌統は何も口にせずにただ劉備の瞳を見つめた。
やや垂れた目が印象的な、秀麗な容貌が哀しげに歪んでいた。
何故?と劉備はおぼろげな意識の中思う。
そしてその疑問はそのまま言葉となって凌統に向けられた。
「…何故、…そなたが、そのような泣きそうな顔を…?」
自分は敵の総大将であり、今まさに自分を殺そうとし、そして自分は死んでいくというのに。
その問いかけに、凌統は苦い笑みをもらした。
「…やっぱ…覚えてないよな。」
そう言うと、劉備を支えたまま。
髪を高く結い上げていた紐をはずした。
さらり、と男性にしては豊かな髪が肩より少し下までおりる。
その姿に、劉備はやっと思い至った。
「…公績…?」
「思い出してくれた?」
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赤壁にて戦いが行われた少し前。
父を殺した甘寧が呉に帰順してからそう間のない頃だった。
あまりにも複雑な胸中に堪えかねていた凌統は、その日気の赴くままに馬を走らせていた。
それでも、それなりに地位のある武将であることが分かるのはまずい、と思うほどの分別は残っていたので。
いつもと違う、白地の多い衣装で。
髪を下ろして、出かけていたのだ。
どこまで走ったのか、さすがに馬に疲労感が見えてきた頃。
ちょうど近くに小川が流れていたので、そこで水を与えるついでに休息をとることにした。
武器はかさばるものでもなかったので、当然のごとく携帯して。
水をおいしそうに飲む馬を見て、流石に無理をさせたか、と思う。
だが胸中はまだじわりと黒ずんでいた。
馬で疾走した所で、早々消える程度の事ではないのは分かっていたが…。
「くそ…。」
言い表せない嫌な気分になり、凌統は苛立ちながらその場に横になる。
よく、晴れていた。
自分の気持ちとは正反対に。
「…ムカつく…。」
「それは残念だな。」
「!!」
突然他人の声がはさまれたのに、凌統は驚いた。
ここまで近付かれて、気付いていなかったのか。
そう思いながら湧き上がる警戒心をむき出しにし、声の方を向くと。
「…誰だ。」
そこにいたのは、動きやすそうな衣を身に纏い、髪を軽く首筋で結っただけの気楽な姿の。
優しげな笑みを浮かべた男だった。
男は笑みを深め、答えた。
「一介の庶民だよ。私は。」
その笑みは人の警戒心を飲み込み包み込み、溶かしていく力を持っていた。
男は何も躊躇うことなく凌統の隣に座る。
それに戸惑うのは凌統の方だった。
「…何勝手に隣に来てんの、アンタ。」
まだ警戒を続ける凌統に、事も無げに男は答えた。
「ここは私のお気に入りの場所でな。
来たくて来ているのだ。
先客が来ていたのは驚いたが、まあ悪い気はしないし。
よければ一緒に酒でもどうだ?」
「は…?」
答えを聞いていればいつの間にやら酒の誘いになっている。
どういう人間だ、と凌統は呆れた。
初対面の人間に、何故こうも無防備なのか。
しかも今は戦争が始まろうという時なのに。
だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「…変なやつ。」
「失礼な奴だな。」
くす、と言葉とは裏腹に可笑しげに笑った。
そして差し出された杯をも、何のためらいも無く受け取っていた。
酒は甘く、ささくれていた心にゆったりとしみ込んだ。
強い酒も何度も飲んだが、こんな穏やかな気持ちで飲んだのは久しぶりだった。
そう、前に飲んだのは…。
父との、最後の酒宴だった。
「……。」
嫌なことを思い出していると。
眉間に指先がとん、とたった。
「え?!」
「そんな不味そうな顔をして飲むな。美味いものも不味くなるぞ?」
それとも、口にあわなかったか?
と問いながら、男はまた笑う。
「…美味いよ、コレ。」
「そうか、よかった。」
それだけ言うと男は自分の杯の酒をあおる。
男は何も聞かない。
自分も何も聞かなかった。
その空気が、不思議と心地よかった。
そのうちに、隣に居る男が気になってくる。
飲み始めて半刻もしたころ、凌統はなんとなく、けれどやっとたずねた。
「…ねえ、アンタ名前は?」
「んー?」
互いにある程度酔いがまわった頃で、男はゆっくりと顔を向けた。
その赤みを帯び始めた顔に、胸がはねる。
(え?)
「私か…私は玄徳だ。」
「玄徳…?」
どこかで聞いたような気もする名。
だがよくある字だから、誰かと同じなのかもしれない。
「そういうお前は?」
「オレは…公績、っての。」
姓名を言えばバレる、という理由もあったが。
彼に字で呼んで欲しい、そう思う自分に凌統は気付いていなかった。
To be continued…
というわけで、なぜか初めての劉備受け男性CPは凌劉で。
しかも悲恋…まあそうならざるをえないんですが…。
凌統、実はむっちゃ好きです。
というか呉武将×劉備がかなり…。
勿論蜀武将×劉備も大好きです!!
徐々に増やしていくつもりですので。なんとか頑張っていきます。
ちなみに時代考証は…絶対に気になさらずに!!(おい)
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