こいあうもの
七 さよならを言った、今までの自分に
「真田、こっちだ。」
「うむ。」
伊達の城を抜け出て、一週間がたつ。
目立たぬように馬を避け、徒歩で奥州を出た。
雪は解けていたため、思ったより困難の少ない道程だった。
政宗からの追っ手は来なかった。
それを予想したのか知らずか、幸村は特にそれに触れることはなかった。
そしてその道程を共にしたのは、上杉の…謙信の忍び、かすがだった。
かすがは謙信が病没してからというもの意気を失っていた。
それに先立ち、上杉の好敵手であった武田も滅びており。
同じ里だった佐助も既に亡く。
どこかで一人、主を失った忍びとして謙信の剣として朽ちていくはずだった。
そのかすがに思い出したように来たのは死んだ佐助からの最後の伝書。
今同じように朽ちる忍びが、既に朽ちた忍びの伝書を見たのは気まぐれだったが。
そこにあった言葉が、かすかにかすがの心を動かした。
「最初で最後の願いだ。オレが死んだら旦那を助けてくれ。
これは謙信公の命でもある。武田を知る者として生かせと。」
戯言であったかもしれない。
でも、それでもよかった。
最後の謙信のよすがをひとかけでもいい、そう思った。
真田一族が上杉に帰順したのはそれから程なくだった。
どんな運命の気まぐれかは知らない。
だが、かすがは動く事を決めた。
それが亡くなった謙信の意志のように感じたから。
私情と、かすかな歴史の流れにおされ、忍び一人が密かに動き始めた。
そして、今、彼女はここにあった。
真田幸村の隣に。
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「ここで馬に変えられるだろう。
これで上杉までそう日はかからないな。」
「かすが殿。」
「?」
はっきりとした声に、かすがは幸村を見た。
それまで意外なほどに言葉少なだった幸村が、かすがの目を真っ直ぐ見つめていた。
「何だ?」
その目は、強い意志を秘めているのが痛いほどに感じられる、それほどに強い。
そのような視線を受けるのに慣れていないかすがは、戸惑いを感じた。
あの人の優しい視線とは違う
だけど同じように忍びではない自身を見つめてくれる瞳。
「…すまないが、少し寄りたい場所がある。
かすが殿には手間をとらせるが…よろしいか。」
それは質問であったが、どう答えても一人でも行こうとする意志が見て取れる。
だが、聞いておかねばならないと思った。
無茶なことであれば、止めなくてはいけない。
間接的であれ、今の自分を支えるために、
自分の中の謙信を支えるために幸村は必要なのだから。
忍びには有るまじき自分本位な思いだ、と自嘲しながらも。
かすがは問うた。
「どこに行くつもりだ?」
「…長篠へ。」
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その頃、上杉の城に一人飛脚がたどりついた。
「景勝様!伝令にございます!」
「どうした?」
「三河にて徳川が不審な動きを…!
上田に向かい進軍中にあります!」
「何だと?!
真田領を狙ってか…!」
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「…暖かくなってきたな。」
「…は。」
幸村が消えて一週間。
奥州にも春の風が訪れていた。
あれから政宗は幸村の事を口にしない。
気にしていない筈はないのに、と臣下は思った。
だが、小十郎には政宗の複雑な胸中が少なからず想像できた。
記憶が戻った幸村に憎悪の感情を持たれていると。
だから逃げたのだと。
共に冬を過ごした幸村は、雪と共に消えたのだと。
思い、でも受け入れられずに。
ただ忘れたふりをする。
忘れられるはずもないのに。
なら、伝えれば良いのだろうと小十郎は思う。
幸村は政宗を愛していると、許していると。
だがそれは幸村は望まなかった。
ただそれだけで。
小十郎には伝えることはできなかった。
その時。
「殿。」
「ん。」
情報収集をしていた伊達の忍が姿を現した。
政宗は一言聞く姿勢を見せた。
「徳川が、上田に動いております。」
「!!」
その言葉は、政宗を凍りつかせる。
上田。
そこには…あいつが、幸村がいる。
真田に戻った幸村が戦場に再び立つ。
それは心配と共に。
己を奮わせる何かを
政宗に感じさせた。
To be Continued…
何とか歴史の本と格闘しつつ、ご都合主義満載のかすがちゃんストーリーをまじえ。
それっぽく話が出来上がってきました。
うーん、最初は感覚で書いてたのになんかおかしくなってきた;
読んでくださる方、ありがとうございます!笑ってください;;
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