「こら。」
「あ。」
ふいに耳から離れたヘッドホンに、天国は少し驚く。
傍にいたのは、つい最近恋人…らしきものになったばかりの御柳芭唐。
今は天国の部屋で二人でくつろいでいるところだった。
御柳は、見た目どおり遠慮という文字を知らないどころか抹消しきっており、まだ2回目の訪問だというのに自分の部屋のようにくつろいでいた。
天国も人のことは言えないが。
御柳は勝ってきたばかりの野球雑誌に眼を通しており、天国は天国でぼんやりとヘッドホンで音楽を聴いていた。
別に流していても構わなかったが、なんとなく。
聴いていたのは、少し昔の歌。
それが突然途切れれば、天国でなくとも少々驚くだろう。
顔を上げると、御柳が少し不機嫌そうに天国の顔を見る。
元から表情豊かな人間ではないので、珍しい顔である。
「んだよ?」
負けずに不機嫌な顔をわざと作って睨み返す。
そう機嫌を損ねたわけではないが、邪魔されてうれしいわけもない。
そういう、ほんの少しの意趣返しをこめて。
「なんだじゃねーよ。21分もカレシ無視すんじゃねえ。」
「は?」
現在午後3時23分。
確かにここに御柳をつれて帰宅したのは午後3時ごろ。
その後は、確か御柳が黙って買ってきた雑誌を勝手に開いて。
天国はそのままお茶持ってきて、音楽を聴いて。
それで…今に至る。
「って、ちょっと待て!!先に雑誌読み始めたのオメーだろうが!」
「けどその後オレ無視して音楽一人で聞き出しただろ。
恋人無視して。それマジムカついた。」
なんとも勝手な言い分である。
天国としては、雑誌を読んでいる芭唐の邪魔をすることもないと思ったから声をかけなかっただけであるし、文句を言われる筋合いはゾウリムシの繊毛の先もない。
というようなことを天国はわめき立てていたが、名前の通り柳に風。
人の言い分は全く無視して、押し倒しにかかってきた。
「って、てめ、何…!」
「スる。」
あっさりととんでもない事を言う。
冗談ではない。まだ真昼間で、親も下にいるのだ。
「ふーざーけーんーなーーーーっ!!」
いつもの筋力に物を言わせて御柳の腕を引き離した。
「ふざけてんのはテメーだろ。」
ぐいぐいと押し返されながら、全然諦めないのは流石である。
「テメーから声かけてくれんのずっと待ってたんだぜ?」
「はぁ?他力本願かよ!」
「そうじゃねー。聞きたかったんだよ。」
いきなりの殺し文句。
反則かよ…。
「スキあり。」
「おわ!!」
どさっとベッドに押し倒される。
「くぉら、はな…っ…」
文句を言う前に唇を塞がれた。
勿論、御柳の唇で、である。
「はい。オレの勝ち。」
「…バカヤロー。」
「なんとでも。」
負け試合・決定。
暗転.
ちなみに、その時天国の両親は外出していた。
天国が音楽を聞いている間に外出するとしたから声がしたのを聞いたのは、当然御柳一人だった。
END