その日伊賀の里を優秀な忍者が去った。 修行を終え 一人の少年の元に向かうために 「お呼びになりましたか父上」 「来たか貫蔵。」 忍者装束を身にまとい艶やかな黒髪を結った一人の忍者が父の元に呼び出された。 彼の名は服部貫蔵。伊賀の里ではNo.1の実力の持ち主である。 実力だけでなく、彼は並外れた容姿と思いやりを持った少年で、伊賀でも女性の人気が大きかった。 彼はまだ小さな少年だった頃、東京に修行に向かった。その時に一人に少年に出会った。 三葉健一。東京に住む同い年の元気な少年だった。 初めて会った時、彼はハットリの姿に驚きながらも、ごく自然に友人として受け入れてくれた。それが何よりも嬉しく、彼の元で東京での生活を続けることを決めたのである。(本当は野宿することもいくらでも出来たのだが) それから長い時をケン一と過ごし、いつしか親友となっていった。 父に呼び出され、東京を離れる時は面と向かって別れを告げることが出来なかった。それほどケン一のことが好きになっていたのだ。 あれから3年。ハットリはケン一を懐かしみながらも修行を続け、実力を着々と身につけていった。そして成長と共にハットリ自身も驚くほど外見も変わっていった。 子どもの頃の姿が変わっていくのは仕方ないと思いつつ寂しく思った。ケン一との思い出の一つが壊れていくような気がしたから。 「貫蔵、ここ数年でお主もかなりの実力を身につけたのう。」 「ありがたく存じます、父上。 して、今日は何の用件でござるか?」 「貫蔵、お主もそろそろ自立を考えても良い頃であろう。」 「え・・・?」 「これからは自らで考え自らを鍛え、思うように動くが良い。」 「父上・・・?」 「ただし、任務の折には従うことだ。これが伊賀の里の者としては最低の条件であるからな。」 「本当に、よろしいのでござるか?」 その時ハットリの脳裏に懐かしい少年の姿が浮かんだ。 伊賀の里の頭領は、優しく微笑んだ。 ハットリの頭領ではなく、ハットリの父として。 「ケン一氏にも会ってくるが良い。お主もあの子に会いたいであろう?」 あの日の少年の笑顔に 「・・・はい・・・!」 伊賀の里から一人の忍者が旅立ったのはその数時間後の話 「・・・あの子は余裕というものも学んでいたはずではなかったか?」 「ホッホッホ、ケンちゃんに会えるのがよっぽどうれしいのねえ。」 「自立を許すのは早かったかもしれぬ・・・。」 その夜、頭領はやや頭痛を感じつつ妻に息子の心配を漏らしたという。 ケン一の家はあの頃のままに建っていた。 「あの、どちら様ですか?」 ケン一の母は、突然家を訪れた見知らぬ美しい青年に戸惑いを隠せなかった。 「お久しぶりでござる、 ママ上。」 「・・・まさか・・・ハットリ君・・・?」 「いかにも。」 「まあ・・・、まあ、大きくなって!!」 ケン一の母は自分の息子が帰ってきたようにハットリの来訪を喜んだ。それはハットリにとっても嬉しいことだった。 「それにしても随分感じが変わっちゃったのねえ、ハットリ君。ホントに分からなかったわ。あのハットリ君がこんなに綺麗な男の子になるなんてねえ。」 ケン一の母から勧められるままにお茶を飲みながら、ハットリはケン一の気配を探していた。 一刻も早く会いたい。そんな気持ちがハットリをいつになくそわそわとさせた。 「ケンちゃんもびっくりするでしょうねえ。」 ふとケン一のことが話題にでたとき、ハットリはぴくりと身体を反応させた。 「あ、ケンちゃんならまだ学校よ。もう少ししたら帰ってくると思うわ?」 「そ・・・そうでござるか。」 「ふふ、ハットリ君ケンちゃんに会いたくて仕方ないのねえ。そうね、とても仲良くしてくれていたもの。」 「あの、ママ上、拙者ケン一氏を迎えに行って来るでござるよ。」 そう言ってすぐに立ち上がる。 「あらあら、じゃお願いしようかしら。ケンちゃんのお迎え。」 「はい!」 と、素早く家を出て学校に向かおうとする。 「あ、ハットリ君。ケンちゃんのいる中学校はこっちよ。」 ハットリの向かった方向はかつてケン一が通っていた小学校のある方向であった・・・。 「今はここでケン一氏が学問を・・・。」 ハットリが中学校に到着したとき、時刻は下校時間にさしかかっていた。 (ケン一氏の気配が微かに感じられるが・・・。場所まではわからんでござるな。この門で待たせてもらうでござるか・・・。) そう結論を出すと、ハットリは校門に身をもたれさせて、ケン一を待つことにした。 その姿がどこかのモデルのように非常にキマっていた。ハットリ自身は全く自覚していなかったが・・・。 「ね、ちょっと、校門のとこにいる人!」 「うそ、超イケてない?」 「モデルじゃない?誰か待ってるみたいだけど・・・。」 「あんな知り合いがいる人うちの学校にいたの?!」 ハットリの姿を見た女生徒たちが自然とハットリの美貌に惹かれ、彼の周りに集まっていった。 遠巻きに見つめる者、積極的に話しかけてくる者、中には「一目惚れしました」と告白してくる者までいたが、ハットリは全く無反応だった。 ハットリは集中してケン一の気配を読みとろうとしていたのである。 普通であればこれだけ無反応なら「どこかおかしいのでは」と思われても仕方ないところだが、女子中学生達は「きっと極端に照れ屋さんで無口で無愛想になっちゃう人なのね。」と非常に都合のいい判断をしてくれていたので、人だかりは増える一方であった。 そんな時間がしばらく続いた後、ハットリがずっと待ち続けていた気配をはっきりと感じた。 「ほら、ケン一君。早くはやく!」 「待ってよ夢子ちゃん!」 人だかりの向こうから微かに、だが確実に近づいてくる声。 記憶より少し低くなっているが間違いない。 「・・・すごい綺麗な人ね・・・。誰かを待ってるのかしら・・・?」 「何かそれっぽいよね。でも、ホントかっこいいなあ・・・。」 ケン一氏 すぐ近くで聞こえた声。間違いない。 ハットリは目を開き、声のした方向を見つめた。 そこに記憶より背が伸び、そしてずっと美しく愛らしく魅力的になった少年が視界に入る。 その姿を見た瞬間、今までにない衝撃を感じた。 抱きしめたい それは感じたことのない強烈な渇望だった 放心に近い状態でハットリはケン一の方に歩み寄っていった。 そして、彼の目の前に立った。 「え・・・と、あの・・・?」 ケン一の声がもう少し遅く響いていたら、ハットリは間違いなく彼を力任せに抱きしめていたであろう。 しかし、そうなることは幸いにもなく、ハットリは正気を取り戻した。 そして、ケン一が彼を分からないことに不思議な痛みを覚えつつ―。 「久しぶりでござる、ケン一氏―。」 その言葉にケン一の表情は驚愕と喜びに変わっていった。 それは華が開いたように。 「・・・ハットリ君?!!ハットリ君なの?!!」 再び襲ってきた衝動に耐えながら、それでもケン一に会えた喜びを強く感じハットリはにっこりと笑った。 「さようでござる。服部貫蔵、ただいまケン一氏の元に再び戻ってきたでござる。」 「ハットリ君・・・。ハットリ君!!」 ケン一は感極まったようにハットリに抱きついた。 ハットリにとってその行動は嬉しいが拷問にも近かった。 抱きしめて キスしたい 怖ろしいほどの衝動がハットリを支配していたが、彼は強靱な意志力でその衝動を止めようとし、代わりにあまり力が入らないようにふわりと抱きしめた。 抱きしめたからだはあの頃より大きくなっていたが、ハットリの腕にはすっぽりと収まるくらい小さく華奢に感じた。あの頃と同じように暖かい、優しいにおいがする。 しばらくしてからケン一の身体を離すとき、離したくないと強烈に思ったが、彼は今度も何とか理性を勝利させることに成功した。 「いつ戻ってきたの?!それにすごく格好良くなったねー!全然分からなかったよ!あ、シンちゃんは元気?!一緒じゃないの?!」 質問責めにするケン一だが、ハットリはただその姿を見つめていた。 今生まれたこの感情に戸惑いを覚える。 (ケン一氏は大切な友人だったはずだ) (なぜ抱きしめたいなどと・・・!拙者達は男同士なのに・・・!) (でも今この場でもケン一氏の顔を見ると触れたくて仕方なくなる) (拙者は・・・ケン一氏に懸想を・・・) (まさかとは思いたいが・・・この気持ちは確かに・・・。) 「もう、ケン一君てば。ハットリ君がしゃべれないじゃない。少し落ち着いたら?」 表情は笑顔を保ちつつハットリは悩んでいた。その時聞き慣れた女性の声が響く。 ハットリも気付いていた。夢子である。 夢子もハットリの目から見て十分に美しく成長していた。 ケン一のような感情は抱かなかったけれど。 「夢子どのも、お久しぶりでござる。」 「久しぶり!ハットリ君。ホントカッコよくなったのねー。そのしゃべり方聞かないと分からなかったわ。」 「夢子どのこそ、綺麗になったでござるよ。」 これは本心。確かに夢子は美しく成長していた。 ケン一は彼女のことをずっと好きだった・・・。今はどう思っているのだろうか。 ハットリの心に一抹の不安が流れ去った。 口も上手になったのね、と女の子らしく微笑む夢子を見ていると、よこからケン一が囁いてきた。 「ハットリ君、夢子ちゃんに手出ししないでよ?」 ユメコチャンニ ―― ケン一氏が好きなのはやはり・・・・・。 一瞬、世界が暗転したような気がした。 心が痛みを感じた ズキン ズキン 「しないで、ござる。安心して下され、ケン一氏。」 何とか笑いを口元に浮かべながらハットリは答えた。 「約束だよ?」 「勿論で・・・ござる。」 だって拙者が好きなのは ケン一氏だから はっきりと心がそう言った。 (ケン一氏を 愛してる) たとえあなたが誰に想いを寄せていても。 |