東京の中学生、ケン一は二人の親友と再会した。
その晩は伊賀からきた友人達、ハットリ兄弟とともに部屋で遅くまでつもる会話をし、ケン一の部屋で三人並んでぐっすりと眠った。
ただ、ぐっすり眠ったのはケン一のみで、兄弟はそろって目覚めたばかりの想いに捕らわれていたため、心穏やかに睡眠することは到底無理だったようだ。
翌朝。
「いってきまーす!」
ケン一は機嫌良く学校へと出かけた。
「いってらっしゃいでござる。」
「ケンちゃん、いってらっしゃい。」
ハットリ兄弟は二人並んでケン一を見送った。実際は二人とも睡眠不足と精神的疲労で体調が良くなかったのだが、そこは流石に一流の忍者で、二人そろって表情には全く現れていなかった。
「ふふ、ケンちゃんうれしそうね。二人が帰ってきてくれておかげだわ。」
ケン一の母は機嫌良く出かけた息子と、二人の兄弟を見て嬉しげに微笑んだ。
「それほどでもないでござるよ、ママ上。」
謙虚に答えるハットリにケン一の母は、ハットリの落ち着きに改めて感心した。
(昔からクールな子だったけど、立派な大人になっているのね。ケンちゃんにも見習わせたいわ。)
そんなことをほんのりと思った。
「さて、ハットリ君たちはこれからどうするの?また前みたいに修行かしら?」
「勿論でござる。」
「うん!僕、前よりずっと強くなってるよ。でもまだまだ兄上にかなわなくって・・・。兄上に負けないように頑張るんだ!」
「そう、シンちゃんも頑張ってね。美味しいおやつを用意しておくわ。」
「うん。楽しみにしてる。」
忍者装束に着替え、ハットリ兄弟は早速修行を開始していた。
「では行くぞシンゾウ!忍法、「影走り」!」
影走りとは、身体に影を落とし風の様に走り抜ける、伊賀忍法の一つであった。
少年の頃から兄弟で訓練していた技であるが、その頃には兄についていけなかったシンゾウも、今では兄に勝るとも劣らない走りで街を駆け抜けていた。
数時間後、街を何周かしたあと、二人はある家の屋根で休憩を取ることにした。
ハットリは懐かしげな瞳で街を見回し、一息ついていた。
「ねえ、兄上。」
「うん?なんだシンゾウ・・・?」
ふと弟の声に気付き、ハットリは弟を見下ろした。
「この街さ・・・昔はもっと広いって思ってたのに、久しぶりに来るとこんなに狭かったかなって思わない?」
「そうだな・・・。拙者達も成長した、と言う証であろうな・・・。」
弟もしみじみとあの頃を懐かしく思っていたのだろう。ハットリは街を眺めながらぼんやりとそう考えていた。
「そうだね・・・僕たちも・・・ケンちゃんも・・・。」
「・・・シンゾウ?」
「ねえ、兄上。」
「うん?」
「僕、ケンちゃんのこと好きになったみたいなんだ。」
今 何と言った?
ケン一は学校に登校するなり、女生徒に囲まれていた。
女生徒達は、昨日突如学校に現れた謎の美青年についてケン一に問いつめようと必死であった。
彼女らの考えは各々微妙に違えど、根本は彼の美青年と
「お知り合いになりたい」という願望と言う形で統一していた。
夢子にも助けられながら、漸くHRの時間となり、ケン一は解放され一息つくことになった。
「やれやれ・・・ハットリ君のおかげで朝から大変だよ・・・。」
「仕方ないわ。彼あんなに綺麗なんだもん。もてるのは当然よ」
夢子もケン一共々質問の嵐にさいなまれていたが、ケン一よりうまくかわしていたためそれほど疲労は感じていない様子であった。
「まあねー。予想はしてたんだけど・・・。」
ケン一の言葉は教員が開けるドアの音でかき消された。
そんなこんなで(ケン一にとって)激動の朝のHRが始まったのである。
「よーし、みんな座れ。今日は転校生を紹介する。」
教師の言葉にクラスがどよめいた。
(そういえば、前から一人来るって言ってたっけ・・・。ハットリ君のことがあったから忘れてた・・・。今日だったんだな。)
ケン一は内心ほっとしていた。HRの後は転校生の話題で持ちきりになるだろう。
(これでハットリ君のこと聞かれないですむな・・・。)
「さ、入りなさい。」
教師の言葉に一人の生徒が入ってきた。
やや長めの黒髪を頭頂部に近いところで結わえ、少なからず古風な印象を与えている。
瞳は強い光を発しており、きりっとした眉が目つきをきつくして整った目鼻立ちを野性的に見せた。
唇は薄く笑みを浮かべ、暖かみではなく、むしろ酷薄な雰囲気を醸し出している。
「山梨から来ました。煙巻ケム三です、よろしく。」
狂宴が はじまる