マボロシ
君の隣は いつも 僕だけが
そう思わせる
「そろそろ終わるっすよ、猿野くん…。」
「…ってェ〜…。
も、もういいのかよ?」
子津の投球練習を事故を起こした黒豹の代わりにと。
キャッチャーの経験などまるでない天国が引き受けてから数日。
案の定、天国は子津の鋭利な変化球を取れずに満身創痍ともいえるほど傷だらけになっていた。
そんな状態になっても、天国は練習を止めようとは言い出さなかった。
辛くないはずはないのに。
それが自分のためだということは、子津には痛いほどに分かっていた。
天国は、自己主張の激しいように思われるが。
本当に大事に思うことは、めったに口に出さず、ただ行動で全てを語る。
出会ってから今まで、そんな天国の傍にいたことで。
天国の真意はしっかりと子津に伝わっていた。
だからこそ、子津は天国の姿が辛かった。
「ほら、明日は猿野くん牛尾キャプテンのところで朝から特訓だって言ってたじゃないすか。
それに、僕の練習はいつもこの時間までなんっすよ。
だから今日は…。」
「…嘘つけよ。」
ぼそり、と天国が口の中で呟く。
「ま、おめーがそう言うならそうすっか。
わりいな、手伝うなんて言ったのに…。」
天国はそう言って、申し訳なさそうに笑った。
その表情は、切なくて。
子津は、無言で天国の手をとって座り込んでいた天国を立たせた。
その手は、赤くはれ上がっていて。
何度か球があたった頬や額にも、痣がたくさんあって。
子津のいたたまれない思いに拍車をかけた。
「猿野くん…。」
気づいた時、子津の手は天国の頬の痣に触れていた。
「つ…っ!!」
流石に出来たばかりの痣は、まだ痛みが強く。
天国の反応に、子津はあ、と手を離す。
「ご、ごめんっす!猿野くん…!」
「いや、いーってことよ。
そのうちこんな痣ひとつできねー最強キャッチャーになる予定だからな!」
天国は明るく笑う。
気になんかするんじゃない、とおおらかに。
優しく。
「とりあえず、その傷は手当てしないと…僕んちに寄っていくっすよ!」
そう、理由はどうあれ、天国の傷をつけたのは自分である。
だからせめて手当てを、と天国に言った。
「いーよ、沢松の奴に手当てさせっから。
あいつこーゆーの上手いんだぜ?」
「…沢松くん?」
その言葉に、子津は一瞬身体をかためた。
「…でもいきなり、迷惑じゃないっすか?」
「いいんだよ。昔っからよく手当てとか頼んでたからな。」
(迷惑とか…そんなことも考えなくていいほどに…。)
子津は、いつも天国の傍に居る長髪の少年を思い浮かべた。
いつでもどんなときでも、天国の傍に居た。
姿ではなく、心が近い、彼の存在を…。
「どした?子津…。」
黙り込んでしまった子津に、天国は心配した。
「いえ、何でもないっすよ。」
その時、遠くから声がした。
「お〜い、天国ー!!」