はじまり



「あ。」

いつもの帰り道の電車の中。
十二支高校野球部マネージャー、猫湖檜は見慣れた姿を見つける。


いつもだったら、すぐに後ろを向いて見つからないようにそこを去っていただろう。
だって、相手は檜が少し苦手と思っている彼。

猿野天国だった。


だが、檜は踵をかえす必要にはかられなかった。



猿野天国は、電車の席で眠っていたから。


丁度その車両はすいていて。

天国以外は誰もいない。



檜は、なんとなく。

本当になんとなく、天国の傍に寄っていく。


いつも「五月蝿い猿野天国」が眠っている姿に、何となく興味を持ったから。





檜が傍によると、天国は熟睡といっても良いほど良く眠っていた。
ハードな部での練習、主将の家での特訓。
どれも野球素人の天国には決して楽ではないだろう。



その疲労が、帰りの電車にあらわれていたとしてもそれは当然といえるものだった。




檜は、なんとなく横に座って、天国の寝顔を見た。


「…意外と、悪くない顔…かも。」
檜はごく自然にそう思った。
いつも変態的な行動ばかりしてて、檜にとっては苦手な相手で。
あんまり顔をしっかり見た事はなかったけど、印象が悪いせいでかっこいいという言葉は天国には使用できなかった。

…たしかに、バッターボックスで真剣にピッチャーを見据える姿は、男らしいとは思ったこともあるけれど。




だが。
今眠っている天国の顔をしげしげと見つめると。
かなり整った顔立ちであることに気づく。

意志の強そうな眉。
閉じられた目にかかる長い睫。
うっすらとあけられた形の良い唇。
野球部員にしては白く、肌理の細かい肌。



「…気づかなかった。」

檜はひっそりと呟く。




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そして、天国は眠ったまま。
檜は自分の降りるべき駅に降りていった。


少しだけ寂しいと思ったけど。


眠っている天国に小さく言った。



「ばいばい・・・。」



明日の朝、檜はまた騒がしい天国に出会うだろう。


そして



「おはよう」




はじめの一言が 生まれる。


                                 end


今までで一番意味のない話。
ささやかなささやかな一瞬を書けたらいいなと思ったんですが…。
ささやかすぎて何もなくなってしまった。(泣)

「苦手」から少し天国への気持ちを変化させる瞬間が書けなかったです…。


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