遥かなるあなたに
3
夢を見た
ガキの頃の夢
あいつがいてオレがいて
少し遠くに今のオレと同じ…
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「芭唐ぁ!とっとと起きろ!!」
保護者のけたたましい声で芭唐は眼を覚ました。
別に俳優ってわけでもないくせにやたら通る声で。
芭唐はこの声だけを覚えてた。
「うっせー…。」
口ではそう言いながらも、天国の声に起こされるのはキライじゃなかった。
忙しい天国は声さえも聞けないことがたびたびあったから。
「何だよ?今日は祝日で土曜だろ?」
階下に下りていくと、天国は既に朝食を用意していた。
小さい頃から芭唐の養育をしてきた天国の家事の腕は確かなもので。
今朝の朝食はトーストにスクランブルエッグ、サラダに手製のパンプキンスープなどが
美味しそうな湯気をたててテーブルに並んでいた。
「先週お前がスタジオに来た時さ、帰りに言っただろ?」
「あ〜〜?なんて?」
芭唐は自分のコーヒーを用意しながら気のない返答をした。
天国はそんな芭唐を軽く丸めた雑誌でこづく。
「懸さんの墓参りだよ。」
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都心から車で一時間。
朝食を終えた二人は、車で墓地へと向かっていた。
芭唐の兄である懸の墓参りには、天国は年に数度、必ず芭唐を連れて訪れていた。
芭唐は面倒で仕方ないとは思っていたが。
天国と二人で外出する数少ない機会ではあったので、少なからず文句はあったものの、
毎度天国と共にこの場に訪れていた。
法事など親戚の集まりも当然のごとく行われていたが。
そういった公の集まりには天国は決して足を運ぼうとはしなかった。
勿論、懸のたった一人の弟である芭唐を何の保障も求めずに育ててくれた天国を
親戚の者たちが呼ばないことはなく。
弟である芭唐と共に来るように再三勧められてはいた。
しかし天国は自分は御柳家に関わる人間じゃないからと、頑なに拒んでいたのだ。
また、親戚の集まりに行くなどという面倒な事を、天国もなしに芭唐が了承するわけはなく。
二人揃って、兄の法事に出席した事はなかったのだが。
それでも、天国は時折の墓参りを欠かすことはしなかった。
芭唐は、できなかったのかもしれないとふと思うようになっていた。
天国と兄、懸の関係を芭唐はきいた事はなかった。
知りたくないと言えば嘘になる。
長い時をかけて誰よりも傍にいて欲しい存在となった天国と、もう顔も覚えていない兄。
自分の知りえない強い絆があったことは想像に難くない。
それを思うと、焼け付くような嫉妬を感じる。
「どした?今日はえらく静かだな。」
考えごとをしていた芭唐は、天国の声に我に返った。
「いや、ちょっと考え事。」
「ふ〜〜ん?
気になるアノコのことでも考えてたんじゃねえの?」
天国のからかうような言葉に、流石に芭唐も一瞬固まる。
「何?!図星か?!」
「ち、違うっつーの!!」
非常に珍しい芭唐の反応に天国はとても楽しそうだった。
だが、芭唐は。
(…何とも思ってねえのかよ。)
天国の反応に、少なからず落ち込みを感じていた。
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「…もう10年か。早えーな…。」
御柳家の墓の前に、天国は花をささげ、線香を上げた。
その後、一息つくと、感慨深げに言った。
「……あんまり実感ねーよ。兄貴の事…あんまり覚えてねえし…。」
芭唐の言葉に、天国は苦笑する。
「そっか。…だよな、お前まだ5歳だったし。
あの人もあの頃仕事が忙しくてあんまり家に居られなかったみたいだったしな。」
そう。確かに最後に兄に会った時の記憶はおぼろげだった。
当時はずっと叔父夫婦の家で従兄弟たちと遊んでいたような記憶が残っていた。
最も、その従兄弟や叔父たちとも、天国と暮らし始めてからほとんど顔を合わせることもなく。
天国の仕事が忙しい時は、天国の親友である沢松の家で過ごしていた。
ふと、芭唐は口を開いた・
「天国さあ…オレの兄貴とどういう関係だったわけ?」
「へ?」
芭唐の質問に、天国は間の抜けたような声と表情を返す。
「……んだよ。」
「…10年目にして初めて聞いたな。お前。」
そう言うと、天国は笑い出す。
もっと早く聞かれるかと思ってたと。
芭唐は少し憮然とする。
この質問は、したくてもなんだか出来なくて。
ずっとずっと聞きたかった事で、聞きたくなかった答えをもらいそうで。
なのに今日この日、自分でも驚くほどあっさりと口をついて出てきていた。
「…いいじゃん別に。
で?どーゆー関係だったんだよ?」
一通り笑い終えた天国は一言言った。
「先輩…?」
「疑問詞つきかよ!!」
天国の答えは簡潔かつ説明が足りなすぎていた。
そんな言葉だけで納得できるわけがない。
「ま、おいおい教えてやるよ。」
「って、今教えろよ!!」
「いいじゃねーか。
お前だって10年聞いてこなかったんだから、そんなに答え急がなくてもいいんじゃねえか?」
天国は柔らかく微笑んだ。
その笑みは、どこか答えを拒んでいるようで。
芭唐にそう見えたのは、気のせいだったのかそうではなかったのか。
この時には、まだ芭唐には分からなかった。
To be continued…