告白





「え?」

「・・・ですから・・・、その、わたし・・・軍師さまのことずっと・・・・お慕いしてました・・
・・。」


 ・・・まずいところにきてしまったかな・・・。


 楊ゼンは執務室に向かう途中、この場面に出くわし、反射的に物陰に隠れてしまっ
た。
 どうやら女官の一人が愛の告白を試みている真っ最中である。
 それだけなら楊ゼンもなんとも思わなかっただろう。
 しかし、その告白を受けているのは、彼が以前から初めての想いを寄せてい周の
軍師。そして崑崙の道士でもある太公望だったのだ。


 相手の女性はまだ少女の年齢と言ったところか。
 背中にかかる髪を朱色の紐でまとめ、大きな黒いひとみを輝かせた愛らしい風貌
をしていた。
 太公望と並ぶと、いかにもお似合いの少年と少女という雰囲気をかもし出してい
る。
(もちろん太公望の年齢は少年とはかけ離れているものではあるが)



 それらの理由で、楊ゼンの心中は当然のごとく穏やかではなかった。
 一方太公望の方は突然の告白を受け、頬をかすかに赤らめ、困惑の表情が隠せ
ない様子である。
「え・・・ えっと・・・わしを・・・か?」
 いつもの饒舌もどこへやら。
 少々抜けた返事を返す。
「しかし、その、お主もわしのような者を、とは物好き・・・いや、その・・・。」
「そんなことはありません!!軍師様は素敵な方です!!」
(・・・・・・!)
 その女官は太公望の言葉を強く退ける。
 その口調が彼女の真剣な想いをはっきりとあらわしていた。
 そしてその様子は、傍らで聞いていた楊ゼンも驚かせた。
 少女は言葉を続ける。
「軍師様はいつも民のことを必死で考えてらっしゃるし・・・!私たちにもいつもやさし
く接してくださってます!!それに・・・!!」
「それに?」
 太公望は彼女の言葉にしっかりと耳を傾けていた。
 彼女の本気を感じたからである。
「それに・・・いつも辛いこと全部…御自分一人で抱え込んでらして・・・。私・・・では、
太公望様の何のお力にもなれなくて・・・。哀しくて・・・。」

(ああ・・・。僕と同じなんだ・・・。)

 必死で言葉をつむぐ女官の様子に、楊ゼンは自分の姿を重ねていた。

(僕も・・・太公望師叔の心の支えには・・・なれない・・・。)

「お主は・・・ほんとうにわしをよく見てくれておるのう?」
「え・・・。」
 自分の気持ちを伝えることで精一杯だった彼女に太公望の言葉が響く。
 太公望は女官ににっこりと微笑みかけた。
 それは女官も,そして楊ゼンもはっとするほど清らかで、やさしくすがすがしさに満
ち溢れた笑みだった。
「聞いてもらえるかのう?」
「は・・・はいっ!」
〈師叔…あなたはこの想いにどう答えるつもりなのですか・・・?)
 楊ゼンは不安で一杯になる。
 さっきまではこの少女の気持ちを、ただの憧れの一端であろうとたかをくくってい
た。
 しかし、彼女の気持ちは存外にも真剣で、太公望のやさしさから考えて、もしや少
女の気持ちに応えるのでは、と思った。
「お主も知ると思うが、わしには重要な指名がある。お主の気持ちに応えることはで
きぬ。しかしお主の気持ちはしかと受け取らせてもらったぞ?」
〈師叔・・・。)
「それにお主 わしの力になれぬというたがそのようなことはない。お主のようにわし
を信じていてくれる者が居ると思うとな。」
 ふと言葉をとぎらせて、太公望は自分の胸に手を当てて、言った。
「また前を向いて歩む力が ここに満ちてくるのだよ。」
〈師叔・・・!!)
「軍師・・・いえ、太公望さま・・・。」
 少女は太公望に瞳をまっすぐにみつめられ、また彼女も彼の瞳をまっすぐに見た。
 少女は太公望の瞳を美しいと、何にもまして綺麗な宝玉のようだと思った。
「む?」
「ありがとうございます…。その言葉だけで・・・今は充分です。」
 少女はうっすらと微笑んだ。
 太公望は、少女の笑みは美しく感じた。
「私…あなたをお慕いできて本当に幸せだと思います。」
「そうか、では・・・。」
「はい。私、諦めないことにいたします。」
 にっこり笑ってはっきりと彼女はそう言った。
「「え?」」
「私,太公望さまをこれからもずっとお慕いします。そうすれば、太公望さまのお心を
ほんの少しでもおささえすることができるのでしょう? ですから、この気持ちを捨て
ることを、あきらめることをやめます。」
 強い意思を込めた瞳が言葉と共に太公望に語りかけてきた。
「だが、おぬし・・・。」
「お伝えして、気持ちがすっきりしました。もう決めてしまったことですし、人の心に命
令はできませんわ。軍師様。では、今日はこれで失礼いたします。」
 某名作少女漫画の名ゼリフ(と作者は思ってます)を残し、踵を返して少女は立ち
去ってしまった。
「あ・・・あやつ、緊張してただけで実はあーゆー性格だったのか・・・?!」
 太公望は呆然として立ちすくんでしまった。
 楊ゼンもその場から立ち去りながら想った。

(師叔…僕もあなたの支えとして認めてもらえているのですか・・・。
 でも僕は小さな支えの一つではなく、あなたの特別な意味の支えになりたい・・・。
 いつか きっと・・・。)


 あなたのことが すき だから


(しかし・・・厄介なライバルが増えたようだな・・・。)







「あやつにも・・・伝わったかのう・・・?」


 その夜一人自分の部屋でつぶやく太公望の声を暗闇は包んで隠してしまった。





 追記

 その後一人の可愛い女官がよく桃を持って執務室に訪れるようになり、一人は喜
び 一人は複雑な顔をし、一人は怒りを隠したような引きつった笑顔を見せたと周公
旦の日記には記されている。





The end.



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