こっちを向いて
ねえ、僕頑張ったよ。
100点、僕一人だけだったんだ。
すごいでしょう?
ねえ、見て。
見て。
おかあ・・・
「…っ!!」
天国は、冷たい汗と共に目を覚ます。
嫌な夢の余韻を残し。
「…だりぃ…。」
それでも、今行くべき場所へと。
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「あ〜、猿野は今日休みだ。」
早朝、十二支高校グラウンド。
野球部の朝連が始まる時間になっても。
猿野天国は姿を見せなかった。
そして、監督からの言葉を部員たちは聞いた。
「何だYo、風邪でも引いちまったのKa?モンキーベイビーHa。」
「昨日は元気だったっすけど…。」
「ズル休みじゃねえのか?」
さまざまな憶測が飛ぶ中。
一人怪訝な表情をする。
蛇神だった。
「…。」
「蛇神くん?どうかしたかい?」
蛇神の表情にいち早く気づいたのは、主将である牛尾だった。
「いや…猿野の事だが。」
「猿野くんの?今日休む原因に心当たりでも?」
「…いや、今日制服を着た猿野を見かけたように思ったのだが…。」
「?君にしては曖昧だね。
それは猿野くんだったんだろう?」
友人の珍しく歯切れの悪い物言いに、牛尾は不思議な顔をする。
「ああ、確かに姿は猿野であった…が、纏う空気が別人のようであった也。」
「…?」
何かあったのだろうか。
牛尾は蛇神の言葉が気になり。
監督である羊谷に直接聞いてみる事にした。
「ああ、そりゃ制服着てたろうな。
…今日はあいつの…確か双子の兄貴とやらの法事らしいからな。」
「…?!」
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「早いものね。大地くんが亡くなってもう4年になるなんて…。」
「明るい、良い子だったわ…。
こう言ってはなんだけど、神様も残酷ねえ。」
「ええ。死ぬなら天国のほうがよかった。」
そう言ったのは天国の母だった。
ああ。まただ。
ホントにこいつら大人かよ。
ガキより率直に人の気持ちも考えない事をすっぱり言いやがる。
母親が率先して言うもんな。しゃれになんねーよ。
ってか、傷つける為に言ってるもんな…。
天国はため息をつこうとしたが、やめておいた。
どうせあの人たちは当てつけにしてるとかまた声を大にして言うに決まってる。
ったく。呼吸一つにも文句をつけられるってのはある意味才能だよな。
そう思い、天国は飾られている写真を見た。
明るく笑う顔。
自分と同じ顔。
幸せな顔。
「…大地…。」
天国は、ずっと年下になってしまった兄に呟く。
天国はいつも明るくて優しい兄が大好きだった。
明るくて優しくて
いつも自分を守ってくれた。
あまり笑わない
内気で無表情だった自分を。
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母親は好き嫌いの激しい人だった。
よく笑う大地にはよく笑いかけて。
あまり笑わない天国には無表情で接した。
父親は子育てには無関心を決め込み。
表札でしかなかった。
そんな無彩色の家庭に、たった一つの極彩色があった。
それが大地の笑顔だった。
母親にも父親にも無関心を決め込まれた天国は、いつも勉強ばかりしていた。
いつも自分を見ない両親がたった一言言う言葉。
「勉強しろ」
小さい事の天国の覚えている両親の声はこれだけだった。
大地がいなければ、自分の名前すら忘れそうで。
大地はいつも自分の名前を呼んで。
笑って。
「辛かったんじゃねーの?」
兄の墓石に向かって、そう呟いた事がある。
小さかったのに。
無表情な両親と弟に囲まれて。
必死でムードメーカーになってくれた兄。
「ごめんな。」
大地は、11歳で死んだ。
交通事故で。
父も流石に悲しげで。
母にいたっては発狂したように叫んでいた。
「だいちをかえして あまくにはいらないから」
いらないから
それが天国の覚えているたったひとつの 天国の名を呼ぶ母親の声・
「天国!」
突然呼ばれた声。
沢松だ。
「…沢松…。」
「まだいたのか。…親戚さん方、さっき帰って行ったぜ。」
「…そっか。」
「……おつかれ。」
沢松は天国の背中を軽くたたき。
一緒に帰ろうとした。
けれど。
天国はその場を動けかなかった。
動けなかった。
「…どしたんだ?」
「なあ…ここんなか帰るのってどうやるんだっけ?」
天国は口元だけ笑って、墓石をさす。
沢松は、その表情を見たとたん天国を抱きしめる。
「自虐的なこと言ってんじゃねー。
んなとこオレが帰らせねえからな!」
「いいじゃない、帰れば。」
「!!」
沢松の背後からとてつもない冷たい声がふりかかった。
天国の母親だ。
「…かあさ…。」
「いいわよ。帰りなさい。
そうすれば大地は帰ってくるわ。
あなたは名前どおり天国に行ってればいいのよ」
母親の声は限りなく冷たく続く。
「……。」
天国は硬直したように動けない。
大地が死んでからずっとずっと自分に視線さえ向けなかった母親。
4年ぶりに与えられた視線。
そこには憎しみしかなかった。
「私は大地だけがいれば幸せだった!!
天国なんていらなかったのよ!!」
ああ。
久しぶりに聞いた、自分の名前を呼ぶお母さんの声。
バシッ
人の肌をたたく時独特の大きな音が天国を我に帰らせた。
「…主将?」
姿を現したのは牛尾御門。
彼が天国の母を殴ったのだ。
そして…。
「猿野くん!!」
「兄ちゃん!!」
「猿野くん、大丈夫ですか?!」
「…バカ猿。」
「……!」
「こッんなしんきくせーとこにいたのかよ!」
「猿野、心配した也。」
「素人のクセに休むなんて、と笑いにきたのだ・・・けど。」
「猿野大丈夫Ka?」
「来てよかったばい。」
十二支の野球部のメンバーも現れた。
「何するのよ!!」
「失礼。貴女の言葉をすぐにとめたいと思いまして強行手段をとらせていただいたまでです。」
「理由になると思ってるの?!」
「ええ。貴女の言葉は僕や彼らの大事な人を殺しかねませんでしたから。
貴女が猿野天国くんの母親であってもこれは正しいと判断しました。」
牛尾は静かに、しかし確かな怒りを込めて彼女を見下ろした。
すると、口を閉ざしていた沢松が足をすすめ、天国の母親に言った。
「おばさん、あんたサイテーだよ。
今までもそう思ってたけどな。」
「…健吾くん?大地の友達だった…。」
「ああ。そんで天国のダチだ。
あんたの後姿は毎日見てるぜ?
天国の隣にいたらおもしれーくらいにあんたの視線は届かなかった。
あんた11歳だったオレしか覚えてねーだろ?
1回も見なかったからな!!」
「…っ。」
沢松は言葉を続けた。
「あんた天国に酷いことしてても悪い事したって意識しねーだろ。
だから言ってやる。
自分の都合のいいことしか信じない。
子どもすら都合悪けりゃ見ようともしない。
ひきこもったガキよりタチが悪い。
大地だってあんたを嫌ってた。」
「!!!」
最後の言葉は、何よりも彼女の胸をえぐった。
「大地が家族の中で好きだったのは天国だけだ。
天国を守るためにあんたがた両親にも愛想を振りまいてたんだ。
あいつの口癖知らねーだろ?
でかくなったら絶対に天国と家を出るって言い続けてた!」
「ウソ…嘘よ!!
大地はそんなこと言わないわよ!
いつもいつもにこにこと私に笑って…。」
そして何も言わなかった。
気がついたのだ。
彼女は大地の声を。愛してやまないはずの息子の声を殆ど覚えていない。
「だ…いち…。」
「もういいよ。沢松。」
「天国…。」
「いいんだ。何言ってもこの人はオレを愛さない。
分かってた。
…この人は、人の愛し方なんて知らないんだから。」
「……天国…。」
天国は母親の正面に静かに立った。
「あまく…。」
「母さん。オレはずっとアンタに愛されたかった。
愛してくれなくても。
でも、もういい。
一度目…大地が死んだときにオレはいらないってあんたが言った時、
オレは大地みたいに笑ってせめて見てもらえるようにと思った。
でもムダだった。
アンタはこの4年、オレを見ることすらしなかった。
…死なせずに学校に行ってればいいくらいにしか考えてなかっただろ?
オレが中学でずっと1位だったことも
生徒会長をしてたことも
高校に入って野球を始めた事も
アンタは知らなかっただろ?」
彼女は呆然とした顔で天国を眺めた。
「…そこまで…そこまでされて…なんで兄ちゃん、誰にも言わなかったの?!」
「泣いたって叫んだってこの人の耳には入らねー。
中学に入った頃既にそう思ってた。
…大地が…沢松がいなかったらオレは多分ツブれてた。
そんで今日。
あんたはオレに死んでもいいといった。」
「そんなこと、言って…!!」
「墓に帰りなさいと言った。
だから…オレはもうアンタに愛されなくていい。
愛されようとしなくていい。
オレはアンタにとって死んだ人間になったんだから。
だからオレもアンタを捨てる。」
そこまで言うと。
天国は踵を返した。
「さよなら。母さん。」
「あ…あまく…に…。」
女は混乱していた。
目の前の存在。
これは確か息子だったはず。
いなくていい。いなくていい。いらない息子。
いらないこども。
それが私をすてるというの?
私を?
許さない。
私は捨ててもいいけど
私が捨てられるのは許さない!!!
「あぁああぁぁああああ!!!」
突然彼女は奇声を発した。
天国は流石に驚き、振り向く。
「アンタなんかが私を捨てるなんて許さない!!」
手に持っていたのは、小さなナイフ。
天国はその姿を見て。
妙に納得した。
そうか…。
この人はどこまでも
自分しか見えないんだ…。
「天国!!」
「猿野く…!!!」
ドスッ
############
「あ…。」
「天国、気ぃついたか。」
天国が目を覚ますとそこは病院だった。
顔を出したのは、沢松。
母親に刺され…意識を失って。
「あの人は…?」
天国は最初に気になることを聞いた。
「逮捕されたぜ。…多分今日あたりワイドショーでやってるんじゃねえか?」
「…そっか。だろうな…。」
ふ、と吐息をもらす。
「傷な、まああんなちいせーナイフだったし命に別状ないってさ。
三日も寝てりゃ退院だと。」
「そっか、サンキュ。」
「…野球部の連中もさっきまで来てたぜ。
兎丸なんか気がつくまでいるってすげー騒いでた。」
「うん…皆には嫌なもん見せちまったな。」
「後悔してるヤツなんかいねーよ。んなもん。」
「そっか…。」
天国は ふっと 微笑んだ。
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その後、天国は十二支高に戻る事なく。
家にも戻ることなく。
アメリカへ留学して行った。
野球部のメンバーたちは騒然としたが。
初めて自由になった彼の選択を責めることも出来ず。
ただ、彼が幸せである事を祈った。
彼の残した最後の一言を信じて。
「またな。」
end.
CPついに決まりませんでした。
かなり初に近い試みの闇猿。…難しかった!!
まあ結果的に母親をおもっくそ悪役にしただけですけど。
実際に子どもを愛せない母親ってどういう思考回路なのかは知りませんので適当です。
これって痛いのでせうか・・・。
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