蝋燭
「も〜〜ヘルシングは人使い荒いんだから。」
ここはバチカンの住居棟。
武器開発員の一人、カールは騒音禁止の夜の廊下をパタパタと走っていた。
向かう先は聖職騎士団隋一の戦士、ヴァン・ヘルシングの私室。
今日中に、と頼まれた武器が出来たのだが二人とも忙しく。
やっと夕方にすれ違う機会があったが、その時ヘルシングは枢機卿に呼ばれていたようで。
あとで部屋に持って来て欲しいとカールに頼んだ。
そして、カールはヘルシングの私室に向かう事になった。
#######
「ヘールシーングー?いないのかい?」
何度もドアをノックするが返答はない。
さっき部屋に戻っていたと通りすがりの僧に聞いたのだが。
不思議に思い、軽くドアを動かすと。
「あれ、開いてる…。」
そのままドアの中に入ると、蝋燭がほんのりと明るい。
その傍のベッドに、いつもの黒ずくめのかっこうのまま倒れているヘルシングが居た。
「ヘルシング?」
カールが傍に居ると、ヘルシングの浅い寝息が聞こえる。
連日の任務で疲れきっているのだろう。
カールはヘルシングの任務の苛烈さをよく知っていた。
最近、ほぼ強制だが任務に同行したからだ。
いつ襲われるか分からない恐怖、出会い、辛い別れ。
救った人間にすら感謝されることもなく警戒の目で見られ続け。
肉体的には勿論精神的にも、彼一人の身には重過ぎるほどの負担だろう。
蝋燭の光に浮かぶ寝顔には、疲労と悲哀が浮かんでいた。
「ヘルシング…。ごめんな。」
カールはそっとヘルシングの傍に座り、呟いた。
自分は負担を課す側の人間でしかない。
より強力な武器を持たせ、そしてまた戦地に駆り立てるのが自分の役目。
君の救いにはなれない。
そう思い、ヘルシングの髪にそっと触れた。
「ん…。」
髪に触れられたカールの指がくすぐったかったのか、ヘルシングは少し身を捩じらせる。
(まずい、起こしちゃったかな。)
カールは一瞬身を固まらせたが、どうやら杞憂だったようで。
ヘルシングは寝息を途絶えさせる事なく、夢の世界に留まっていた。
(よかった…でもこれ以上邪魔しちゃ悪いな。)
用意してきた武器をそっと傍にあったテーブルに置くと。
カールは足をしのばせ、部屋の外に出た。
############
翌朝。
「あれ、もう出るの?ヘルシング。」
早朝、正門にいたヘルシングに、カールは声をかけた。
「ああ、朝になったら出発しろと仰せでね。
これでも譲歩はしてもらったんだが…。」
本当は夜中に出るように言われていたらしい。
それでも連日の任務によるあまりにひどいヘルシングの表情に、枢機卿も流石に見かね。
翌朝にするようにと言い直したのだ。
「それでいいよ、君だって人間なんだから少しは休まないと。」
カールは笑って、言った。
「そうだな。人間なんだから。」
ヘルシングも柔らかく微笑んだ。
「じゃ、行って来なよ。
あんまり無理しないようにな。」
「へえ?今日は武器の心配はしないのか?」
「武器に気を使って生きてける現場じゃないのは骨身に染みたからね。」
「そうか、いい傾向だ。今度から定期的に行く事にしよう。」
「……本気?それ。」
「あれ?嫌がらないのか?」
「嫌がったって君が本気で思ったら無理矢理同行させられるのは分かってるよ。」
「違いない。」
そう言って。
二人は笑った。
「じゃ。行って来る。」
「ああ、早く帰ってきなよ。」
そして、ヘルシングは任地に発っていった。
また友人に会うことを約束して。
その約束が、ヘルシングを強くしていることを。
本人たちは、まだ気づかない。
end