天恵と典型と天啓




「ったく〜〜何なんだよ、この雨は!!」

夕刻の河川敷。
突然の大雨に、黒撰高校野球部、村中由太郎と魁の二人兄弟は大慌てで帰途についていた。

「だから言っただろう。雨の気配がすると。
 言う事を聞かずに練習を続けるからだ。」
弟の巻き添えをしっかり食らってしまった兄、魁は珍しくも弟に愚痴を言う。

「んなこと言ったって、やりたかったんだからしょ〜がねえじゃんよ〜。」
由太郎はここ数日、まるでとりつかれたように練習に励んでいた。
まるで誰かに追い立てられるように。

魁にはその大まかな原因がなんとなく分かっていた。
だからこそ、それ以上由太郎を問い詰めるような事はしなかった。

自分も、どこか似た想いがあったから。



彼に、会ってから。




###############

「!」
しばらく雨の中を走り、もうずいぶんと身体を濡らしながら家路を急いでいた時。
前を走っていた由太郎が急に立ち止まった。

その様子に、魁も立ち止まり、由太郎に問いかけた。

「どうした、由太郎?」

由太郎は魁の質問にも答えず、目を見開いて前方を凝視していた。
魁は、不審に思いながら、その原因を突き止めるべく自分も前方に視線を向けた。


「あ…。」


つい先刻までの自分たちと同様、雨に降られる学生服姿。

ごくごく最近に出会った人。



十二支高校、猿野天国だった。


そしてその人物が、至近距離といえる位置まで近づいたその時。


「猿野〜〜〜っ!」

村中由太郎は、彼に向かって大きく…。



ぶつかった。



「どわあああぁああ?!」


#############


「だ〜か〜ら〜ごめんってば、猿野〜〜。」
「うるせー!それでなくても濡れてた制服を泥にうずめやがって!!」
「全く、すまぬな猿野。」

結局、しっかり泥と雨にまみれてしまった天国は当然のごとく激怒し。
その場所から程近い所にある、村中家にて一度身体を温めることになった。

流石に、二人の父が元プロ野球選手なだけあって、豪邸ともいえる家だった。
まあ、世界遺産のような主将の家で特訓を続けていた天国は、そう驚く事もなかったが。


そして、魁が玄関を開けると。

「おう!帰ったか〜〜バカ息子ども!!」

突然三人を大きな影が覆った。

この家の主人、村中紀洋だった。
がっしりとゴツイ身体に、野太い声、豪快な笑顔。
ある意味理想的な父親像ともいえる、十二支高校の生きる伝説だった。


「お?!お前十二支にいた元気ボーズじゃねえか。
 どうした?泥にまみれて遊ぶ年でもないだろう?」
村中父は、息子と共に帰ってきた泥まみれの天国を見つけ、楽しそうに笑った。
十二支高校に息子を迎えに行った時、旧友のところで野球をしていた元気な子供。
その真っ直ぐな瞳とゆるぎない精神力を、村中父もかなり気に入っていた。


「んなわけねえだろ!!
 アンタんとこのこの馬鹿力のクソガキが出会い頭に押し倒してきやがったんだよ!」

「何?!
 こら〜由太郎、いきなり街中で押し倒したぁ、
 やるじゃねえか!」
「てへへ〜そうかなあ?」
「オ…オヤジ殿…論点がずれておるのでは…。」

天国の言葉に間違った反応を(多分わざと)返す父に、常識的な兄は頭痛を抑えられなかった。


「へっくし!」

「ああ、すまない、猿野。
 とりあえず湯殿をすぐに用意するから、その前に身体を拭いておくといい。」
天国のくしゃみに我に帰った魁は、すぐに大き目のタオルを天国に渡す。

出遅れた2名は、少し悔しそうな顔をした。


########

程なく湯の準備が出来上がると、天国は脱衣所に通された。
「って、オレが先でいいのか?
 あんたらも随分濡れてんのに…。」

「いや、構わぬ。そなたは客人だからな。」

「そっすか〜?
 でも村中にーさんはピッチャーでしょ?肩とか冷やしたら悪いじゃないすか。
 そだ、風呂場広いし一緒に入りますか?」


「!!!」

いきなりの天国の申し出に魁は瞬時に顔を真っ赤にした。

「いいいいいいいや、そのような!!」

「?何慌ててんです?
 男同士だし別に…。」

「あ、オレは一緒に入っても…。」

バコッ

乗り出してきた弟をいさめ、魁は丁重に天国の(非常に嬉しい)申し出を断った。


「いや、私たちは後から入るとしよう。
 一人の方がリラックスできるのでな。」

「?ああ、ならいいっすけど…。」

じゃあ、と天国は早速制服を脱ぎ始める。

露になる天国の濡れた肌に、村中兄弟は一瞬目を奪われた。


(白い…。)
(うっわ〜〜何か、猿野色っぽい〜〜v)


ガラッ
「お〜猿野!よかったらわしと…。」


バキッドゴッ

ドサッ


「あれ?誰かなんか言ったか?」

「いや〜〜別にぃ。」
「では、失礼する。」


ズルッズルッ…

ピシャッ


「??何だ?」

天国は不審な音を不思議に思ったが、今は冷えた身体を温めるのが先決と、無視を決め込む事にした。

それでよかったのだ。
どこぞのオヤジがおおらかな笑顔で全裸で脱衣所に入ってきたなどという事があったことを
知っても嬉しくはないだろうから。


#######

「あ〜いい湯だったv」
 
「あ、猿野〜湯上りも色っぽいな〜v」
「あ?
 まあサンキュな。風呂借りちまって。」

「何、この愚弟が原因を作ったのだ、気にする事はない。」

「そっすか?」

広い風呂でゆっくり温もった天国は機嫌を回復し、にっこりと笑った。

「…愛らしいな。」

ふと漏れた魁の本音だが、天国は気にせず聞き流す。


「なあ猿野!オレの部屋こねーか?
 制服乾くまで時間かかるし、なんなら泊まっていってもいいぜ?!」

「え?でもいきなり悪いだろ?」

「気にする事はない。
 オヤジ殿は猿野を気に入っておるし、母は仕事で今は海外だ。
 私たちも歓迎する。
 それに、明日は休みではないか?」


「そ、そうですか?(何でこの人が十二支の休みを知ってんだ?)
 じゃあ、お言葉に甘えて…。」


「やったあ〜!猿野、一緒の布団で寝ようなvvv」

「な〜にいってんだよ、ガキじゃあるまいし。」
天国は同様に子どもっぽい同級生を思い出し、少し微笑ましげに笑う。


「子ども扱いするなよ〜。
 まあ今夜子どもじゃない所を見せてやるけ…」
バゴッ
「さ、こちらの部屋だ。案内しよう。」


「は、はあ…。」
随分拳の飛び交う家庭だな、と天国はどこか感心していた。


########

「へえ〜じゃあ猿野、マジでまだ野球初めて3ヶ月なんだ!」
「何だよ、ウソだと思ってたのか?」

「っていうか、凄いと思うぜ?
 あのアイドル君のスライダーだって、普通じゃなかなか打てるもんじゃねーって。」

「そっか〜〜、まあオレがそんだけ天才っちゅうことじゃねえ?」

由太郎の素直な反応に、天国は嬉しそうに笑う。


「ところで、猿野は何故高校から野球を始めようと?」

「だよな。普通高校で野球ッつったら昔からやってる奴がほとんどだもんな。」


「そうだな、皆そう言うぜ?」

天国はまた笑う。
今度は少し、柔らかい透明な笑みで。


それは勿論初めて見る天国の表情。


「…うちのマネージャーに凪さんってひとがいるんだけどさ。
 凪さんに一目ぼれして…で、凪さんに笑って欲しいなって思ったから…。」

「凪さん…って、あの時いた眼鏡の女の子?」

由太郎は、初めて天国に会ったときの事を思い出す。
自分が落とした時計を、無言で拾い上げていた少女。
あの時、天国は彼女を見て、奮起していた。


「そ。可愛いっしょ?」
天国は凪の顔を思い出し、幸せそうに微笑んだ。


その顔を見て、二人の胸は微かに痛んだ。


「そ、か…。」
由太郎は、あのときの女の子に嫉妬する気持ちが芽生えていたのを感じた。


すると、魁がゆっくりと口を開く。

「…ではその凪殿に感謝せねばなるまいな。」

「「え?」」
天国と由太郎はほぼ同時に声を上げた。


「なんで?兄ちゃん。」
由太郎はストレートに質問した。


「その女子がいなければ猿野は野球をしていなかったからな。」

「は…はあ。」
天国も不思議そうに魁を見つめる。


由太郎は、兄の言葉に納得し、少し笑った。

「そだね、その「ナギさん」に感謝しないと!」


勿論、そう簡単に猿野を独り占めさせはしないけど。


(…?オレっていうライバルに会えなかったからとか、そういうことかな?)


一人疑問に思う天国を、兄弟は優しい笑顔で、見つめた。



天の恵みで出会えた君に

典型的な恋を抱いたのは

天の啓示にちがいないのだから。


だから、君を手に入れたい。



                           end


やっとできあがりました!菜子さま、大変に遅れてしまい、真に申し訳ありませんでした!
え〜と、魁兄さんの喋り方あんまり分かってないので、かなり適当です。
村中兄弟、これからもオヤジさんも含めて牽制しあいながら天国にアプローチってところでしょうか。

まだまだキャラが固まっていませんが、今回はこんなところで・・・。
本当に遅くなってすみませんでした!!

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