強く儚い者たち
3
「もう一球!!」
「はい!」
牛尾家に特訓に来て数時間。天国はいつもより長時間、激しく特訓に励んでいた。
既に日付は変わってしまっている。
なのに天国はいっこうに止めようとはせず、牛尾と特訓を続ける。
苦手な守備練習を、ずっとずっと。
自らの身体を苛め抜くように。
共に来ていた獅子川は途中で倒れるように眠ってしまっていた。
天国は獅子川以上に動いているはずなのだ。
それなのにただただがむしゃらに走り、球に向かい続けた。
「今日はここまでにしよう。」
「キャプテン!オレ・・・まだ、いけます!」
「これ以上は無意味だよ。我武者羅なだけでは上手くならない。」
「でも…!」
「猿野君。野球をはけ口にはしないでくれ。」
(そんな君を見ていられるほど僕は強くはないんだよ。)
牛尾は強い口調で天国を諌めた。
「……。」
天国は身体の動きを止めると、そのまま意識を失った。
「……猿野君…….。」
牛尾はグラウンドに倒れた天国の元に寄ると、そっとその身体を抱き上げた。
筋肉はついているが、思ったよりずっと細い身体。
ぐったりと眠る天国。
「君は…何を抱え込んでいるんだい?」
牛尾は天国の身体を柔らかく抱きしめた。
愛しい気持ちが溢れそうになるのを堪えながら。
「屑桐先輩。」
「何だ御柳。」
「何だじゃないっすよ。」
卍高校との練習試合が終わってから数日。
華武高校エース、屑桐は誰が見ても分かるほどに荒れていた。
「こんなフザけた球ばっか投げられて黙ってろっつーんすか?」
「……………。」
屑桐には返す言葉も無い。
実際にあれからは投球一つすら身に入らなかった。
原因は分かりきっている。
猿野天国。
あの鮮やか過ぎる存在が再び自分の中で芽吹いたこと。
そして有無を言わずに拒まれた事。
かつてのライバルの傍にいる事。
彼の存在に関わる全ての事が屑桐の頭を悩ましていた。
「屑桐先輩、マジで最近おかし気っすよ?(>0<;)」
「前の試合ングからだね。」
そのほかの後輩にも口々に言われる。
しかしどうしようもない。
結局その日は菖蒲監督の一声で、謹慎を言い渡されてしまった。
普段なら屈辱と捉えられることだ。
しかし今の屑桐には謹慎に思い悩む余裕はなかった。
そして今、屑桐は一人ベンチであの頃の記憶の中にいた。