強く儚い者たち
8
屑桐は、墓地に赴くとまっすぐに一つの墓の前に進んでいった。
そこは、屑桐のかつての幼馴染であり恋人が眠る場所であった。
「明美。久しぶりだな。花も持ってこないで…すまない。」
(いいわよ。あんたそんな柄じゃないし。
それにそんなムダな事に使うお金なんてないでしょ。)
明美のそんな返事が聞こえた気がして、屑桐は苦笑した。
(全く。口の減らない奴だったな。)
そう思い、墓に向かい合った。
「明美…オレは…どうすればいい…。」
それは、誰も耳にした事のない屑桐無涯の弱音だった。
「あれは…華武高校の?」
十二支高校3年、蛇神尊がその日この寺に来たのは午後6時半になろうかと言う頃。
親類の寺に届け物を頼まれており、学校から直接たどりついたのだ。
6時半とはいえ、まだ薄暗くなっている程度の時間帯。
寺の入り口からよく見通しのきくところにある墓地に、あまりにも印象的であった姿を見つけたのは、自然な事であった。
蛇神は、プライベートに立ち入る事をよしとはしない人間だったが、少なくとも知っている相手を無視することは出来ず、挨拶程度はしておこうかと思った。
届け物を終え、まだ墓地に佇んでいる屑桐を確認すると、そちらに向かっていった。
「!」
蛇神が屑桐の背後に近づくと、声をかけるまでもなく屑桐が振り向いた。
まるで手負いの獣のようだ、と蛇神は驚きながらも思った。
以前会ったときも近づくものを切り裂くような空気は持っていたが、こんな追い詰められているような目つきはしていなかった。
最も、その空気は屑桐が落ち着きを取り戻すと同時に薄れていったのだが。
「何だ…貴様は。」
「…十二支高校野球部、蛇神尊。先日卍高にてまみえた者也。」
「ああ…あの時のか。」
言われてみれば、見覚えのある顔をしていた。
最も蛇神は一度見れば忘れられないような外見であったが。
「…分かったから行け。今貴様と話すことはない。」
取り付く島のない応対であったが、蛇神もそれ以上は気にしなかった。
そして言われたとおりその場を去ろうとすると、ふと屑桐が向かい合う墓の名が眼に入った。
(猿野家?!)
それは、よく知る同じ部の後輩の名であった。
横の霊標にはこう記されていた。
俗名 明美 平成1×年 没 享年13歳
(明美?)
最も新しい霊標にあった名前は、聞きなれた名であった。
後輩である天国がおふざけで女装した時、名乗っていた名前。
「明美殿とは…実在しておられたのか…。」
蛇神がふと漏らした言葉に、激しく反応したのは屑桐だった。
「貴様…!何故明美を知っている?!」
恐ろしいほどの勢いで蛇神の襟を掴むと険しい目つきでにらみ付けた。
答えなければ殺す、と言いそうな圧力をかけて。
「屑桐殿…お主…。」
猿野となにか関係があるのか、と問いたかった。
だが、屑桐は蛇神の答えのみを求めていた。
「答えろ。何故明美の名を知っている!天国が話したのか!!」
(天国…?)
蛇神は屑桐の口から天国の名が出た事に、二人になんらかの関係があったことを確信した。
しかしここで問うことは不可能である事も分かったので、蛇神はただ答えた。
「…猿野が、時折ふざけて女装するときに名乗る…名也。」
「……天国が…?」
天国が女装…まさか…。
そこまで聞いた時、屑桐の表情は驚愕とある予感に彩られた。
そして、蛇神から手を離すと、少し俯いて質問を続けた。
「…天国はその時、三つ編みの姿でいるのか…?」
「……。」
蛇神は無言で頷いた。
(……天国……!)
屑桐はふらりと蛇神から背を向けると、出口へ向かっていった。
「屑桐殿?」
「蛇神とか言ったな…一つ、頼みがある。」
屑桐は背を向けたままで言った。
「オレがここに居たことを天国には言うな。それに明美のことも忘れろ。
あいつを傷つけたくないならな。」
そう言うと、屑桐は寺を去っていった。
(屑桐殿…。あの者、猿野を…。)
ずっと愛してる。
もう間違わないから。
だから戻ってきて。
To be Continued…
何故かみこっちゃん登場の8話目です。
さーこれでますます長くなったなあ。(おい)
寺に来たし、寺と言えば蛇神君でしょー!と思ったらあっさりと出てきました。
つーか墓参りに来て落ち込んでる人間に話しかけるってどーよ?とかも思いましたけどね。
それとこの蛇神氏が天国をどう思ってるかというと、まだ分かりません。
10話そこらじゃ終わらない話になってきてどうしようかな〜と無責任な事を考えている
S.青沢でした。
ここまでお付き合いくださってる皆さん、いつもながらありがとうございます!!
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