「こんなにもしんどくて 楽しくて
 ドキドキしてた」

お前はそう言ってた。
俺は少し悔しかったけどな。


SIDE



「あれ、沢松くんじゃないか?」
「ああ、牛尾さん。」

昼休み。
天国の所用で中庭でぼんやりと時を過ごしていた沢松に、声をかけてきたのは
野球部キャプテン、牛尾だった。

「今日は一人なんだね。」
にっこりと好意的に…少なくとも外見は笑ってくる牛尾に、沢松は苦笑する。

「ええ、天国の奴ちょっとヤボ用でしてね。」


「野暮用?」

表情が微かに変わる。
どうやら沢松に天国の用件を聞く気は満々なようだ。

そして沢松も、いつもなら話すつもりはなかったけれど。
あのときのコトを少し思い出していたから。

ちょっとだけ意趣返ししたくなって。


「クラスの女子からの告白っすよ。」

「え…?」


沢松の言葉に、牛尾は今度こそ明確な反応を返した。



数瞬後、驚いた顔のままで牛尾は再度沢松に聞く。


「…モテるんだね、猿野くんは。」
それは「そうなんだ」という驚きをかたどった確認の質問だった。

自分も含め、野球部の部員の多くは天国に惹かれている。
それは野球部の中では当然ともいえることだった。
だが、女生徒たちには、奇行に隠された天国の本来の魅力には届いていないと思っていた。

だから、今牛尾は驚きと。
再度の覚悟を抱こうとしているのだ。


そんな牛尾に、沢松は苦笑を禁じえなかった。

「…ホント真面目っすね、牛尾さん。」

そんなこの人が率いているからこそ、天国に居場所を与える事ができていたのだ。
俺には、出来なかったことだと。

沢松はそう思った。




「……告白ってのは嘘ですよ。ホントはね担任に呼び出されてるんです。
 多分あんた達の想像とは違う理由でね。」

「…って…。
 ……どういうことかな?」

沢松の言葉に、牛尾は細かく反応する。
それは安堵と、新たな疑問で。


「留学に誘われてるんすよ、あいつ。
 アメリカの大学にね。」


#############


「って、キャプテンに言ったぁ?!」

帰り道で、天国は沢松からの言葉に驚いていた。

「あー、悪いな。」

「…いや、別に悪くはねえけど…。
 話してなかっただけだし…。」

隠していたわけじゃない。
だが、あえて言うほどでもない。

天国自身はそう思っていることだった。
だが。

天国に惹かれている人間にとっては。


「…お前ホントに鈍いんだな。」

「はぁ?!」


お前から自分のことを話して欲しいんだ。あいつらは。
冗談じゃない、天国自身のコトを。

沢松はそう思う。


思いながら、そのまま歩く。


「…で、留学断ったんだろ?」

「あ?ああ。
 ま、興味ないわけじゃねーけど。
 今は・・・やっぱな。」

予想通りの答えが返ってくる。

沢松は凪ちゃんのためってんだろ?と口に出そうとした。


その時。

「鳥居くんのためかい?」



「…キャプテン?何でここに…。」

いつもなら車で登下校しているはずの牛尾がいた。

「君に、聞きたいことがあったから。」
牛尾はいつもより余裕のなさそうな声で言った。


「…はあ。留学のことなら…。」
断ったんですけど、と思いながら応えた天国に、予想外の言葉が帰ってくる。

「どうして僕たちには言ってくれなかったんだい?」



「…それって留学のコトですか?それとも…。」

「両方、かな…。」

苦笑しつつ返された言葉。

それに、天国は正直に答えた。


「別にオレの成績のコトなんかわざわざ話すことでもないと思って…。
 それに、留学だってもとから断るつもりだったから。」


「…沢松くんは知っているのに?」
彼ならいいのかと、言外に牛尾は聞いた。

「……。」
横にいた沢松は、心の奥底が少し重くなったのを感じる。
自分とて、天国から話してもらったわけではない。

ただ。

「別にこいつにも自分から言ったわけじゃないっすよ?」

そうだ。ただ。


「でも、一番早く気づいてくれたっつーのはあるかな。」


その声に、ある感情がこもっているのを知り。
沢松は驚いて天国の顔を見た。

天国はとても優しく笑っていた。



############

「・・・参ったなあ。」
「どうされましたか、ぼっちゃま。」

帰途につく車の中。
牛尾は自嘲気味に笑ってつぶやいた。


「ううん、随分と分が悪いなと思ってね…。」

「はぁ…部のことでございますか?」


「…さぁね。」

牛尾はふっとため息を零す。
どうやら今の所、あの彼の隣にいる少年にはかなわないらしい。
虚飾…というわけではないにろ、外見からは見えない彼の中に最初に、そして最も早く。
彼は踏み込んでいたのだから。

それは自分ができていなかったことだから。


#########

「どした?沢松。ぼんやりして。」

「ん〜…ちょっと嬉しかったっつーか…。」
沢松はにやける顔を隠そうとはしなかった。

「顔、ゆるんでるぞ。」
「お前のせいだろ?」

そう言って、沢松は天国の頬に軽くキスした。
すると天国は、真っ赤になって。

「…アホ…。」

照れていた。



全部は与えられないけれど。
自分ひとりではダメな所もあるけど。


少なくとも。

一番近くには、いるから。


その幸福を喜ぼうかと 思う。



                         end


物凄く遅れています。綺羅さま、半年以上お待たせして本当に申し訳ありませんでした!!
しかもちょっと沢松に余裕がないみたいで…。
でも魅惑の緑川ヴォイスvで読んでいただきたいな〜とか思ってます。

心の距離感とかが難しかったのでいっそラブラブのほうがよかったかと…。
最初は部室でごちゃごちゃ言ってる話だったんですが…。
どこをどうなったのかこんなエセシリアスになりました。
これで自分的には見せつけてるつもりなんです。本当にすみません。

もうちょっと笑える話を書けるようになりたいS.青沢です…。

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