瞬間






悠然とする邸の一部屋。

そこに一人の壮年の男性が酒を味わっていた。
夜も深けた時間に、彼の他に人影はない。


だが、彼はここにまもなく来るであろう誰かを待っていた。

ふう、とひとつ息をつくと、彼は姿勢を崩し肘を床につき軽く横たわった。


豪華な仕立ての束帯の上着を着崩し、寛いだ姿勢のその姿は、どこかしら艶を感じさせる。


ふと、蝋燭の火が揺れる。


「…来たか。僧正。」

彼は身体を起こした。


御簾に人の影が映る。


それは彼の待ち人だった。



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冬の雪が優しく積もっていたあの日。
邸の仏像の前に座っていた彼を、自分は菩薩の使いかと思った。


だが彼は自分に気づくとにっこりと笑ったのだ。


「こんにちは。」


「…。」


きっとあの時、自分はよほど驚いた顔をしたのだろう。



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「…何をお考えですか…?」


熱い吐息を吐きながら、腕の中で彼は言った。

そんな彼をいとおしく見つめながら。

自分は答えた。


「お前の事だ…。僧正。」

「・・・ッぁ…大臣(おとど)…。」


抱きしめる腕に力を込めながら。
微笑んだ。


「お前は変わらず美しい…あの頃からずっと…。」

「大臣…私は…。」

哀しげに歪む唇を指先で封じる。

彼がこんな顔をする時は…。


「こんな時に無粋なことを言うものではないよ。」


「大臣。」

剃髪をしないままの柔らかな髪に指を絡ませる。

そしてゆっくりと口付けた。


いとおしい。


想いがあふれていく…。


「離さない…決して…。」



あの瞬間からこの恋にとらわれてしまったのだから。



私だけの お前に。



                                      end



平安パラレル第一弾ですね。
こんな感じの短文集になっていくと思います。

思いついたシチュエーションを思いつくままに書こうかなと思ってますので。
まとまりはないでしょう(笑)



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