別れ
「加屡僧都かね。」
「これは…右大臣様。」
この日、加屡僧都は友人である迎部僧正のお付で内裏に訪れていた。
とはいえ、実質的な仕事は雑用だったので与えられた仕事を黙々とこなしていると。
思ってもいない人物から声をかけられた。
知らない人物ではない。
むしろ親友を通して彼の事は僧都の悩みの種でもあった。
言いたいことも山のようにあるが、当然身分が違いすぎるゆえに、何も言うことはできないが。
「かようなところ、大臣が足を踏み入れるなど…。」
「だからこそここに出向いたのだよ?僧都。
そなたのこと、僧正よりよく聞いている。」
にまり、と齢を重ねながらも雅で…そしてどこか含みを持つ眼差しを向けてくる。
その様子に加屡僧都は、右大臣がこの場に来た理由を悟った。
だが、それをあからさまに表情に出すわけには行かない。
「おそれおおいことでございます。
私などにお心を砕かれるなど…。」
「僧正に最も近くいるそなたのこと、気にするわけにもいくまい。」
関係を知っているのだろうと、言外で迫る。
話を聞かれて困るのは彼も同じであろうに、隠そうともしない。
その大胆さに緊張しながら、だが親友である僧正に恥をかかせるわけにもいかない。
「大臣、私は…。」
「私はあれを手放すつもりは無い。」
「!」
右大臣ははっきりといった。
「私から離れるなら…絶つ。」
何を、とは言わなかった。
だがその目に浮かぶ狂気は全てを語っていた。
私からあれを奪おうなどと思うな。
奪えば殺す。
そう言っていた。
誰を、とは言わずとも…。
「おやめください大臣。」
「おや迎部僧正。」
「あ…。」
凛とした声と姿が凍りついた空気を裂いた。
黄の袈裟を一部のすきも無く着こなした姿。
目の前の男を狂わせる彼。
そして…親友。
「私の友人をそのように攻め立てるのは…いたずらが過ぎるのではございませんか?」
「それはすまなかったな。」
右大臣は僧正の姿を見るともう僧都には一瞥もくれず。
僧正の横を通っていった。
そして、ひそりと小さな声で。
だが僧都にもはっきりと聞こえる声で言った。
「離れるな。その時は…。」
「…大臣…。」
あなたは卑怯だ、と悲しげに僧正は思った。
######
僧都は気づいてはいないだろう。
彼が「絶つ」と言ったのは…自分の命だということに。
だが、僧正には痛いほどに分かった。
この人は命をかけて自分を縛り付ける。
それほどまでに。
貴方がいなくなれば…。
ああ、分かっているのだ。
自分自身も生きてなどいられないことを。
「…分かっております…。」
小さく呟いた声に満足したのか、右大臣は口元に笑みを薄く浮かべると。
その場を去っていった。
「僧正…。」
「…すまない…。」
僧正は目の前の親友に小さく謝罪した。
いつか来る、全てとの別れを予感して。
end
思った以上に破滅的な恋愛になってますねえ久々の平安VH。
伯爵(右大臣)ってどうしてこう独占欲強いんでしょうか…。
答え:私が好きだからです。
そんなわけやっと5題コンプリートです!
また気が向くかご要望があれば書くかもしれません…。
あ、花嫁さんあと二人出してなかったですね。すみません^^;)
戻る