遥かなるあなたに
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「オレの…兄貴?」
教え子の珍しい驚愕の表情を見て、屑桐も更に意外そうな顔をした。
「猿野から何も聞いてないのか?」
「…はい。」
訳知り顔の担任に、少なからず複雑な気持ちが生まれるのを感じる。
でももしかしたら彼から何かを聞き出せるかもしれない。
「あの…猿野と兄貴の関係って…。」
「……そうか。」
質問をし始めると何を納得したのか、屑桐は少し視線をそらした。
「悪いが御柳、オレはその質問に答えることはできない。」
「……っ。」
「今まで話さなかったってことはあいつにもそれなりの考えがあっての事だろう。
いずれは聞く事だ、それくらいは待ってやれ。」
「待たないと、いけませんか。」
「言いたくない事を無理やり聞き出すのは恩人にすることじゃないだろう。」
「……はい。」
痛いところを突かれたなと思った。
さすが教師だとも思った。
大人だと思った。
(オレは…。)
ガキだ。
芭唐は少し顔をうつむかせながら、職員室を後にした。
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「ただいま。」
「天国。」
帰宅した天国は、芭唐の作った夕食の前に座る。
夕食作りは芭唐の役目だった。
そうやって分担される家事は徐々に増えていったが、芭唐はそれを特に苦にしていなかった。
天国が喜んでくれたから。
(…こういう思考恥ずかしいよな…オレ…。)
羞恥を少々覚えたが、とりあえず今日は用件があるのでそれを先に言うことにした。
「あのさ、天国。」
「おう、どした?」
嬉しそうな顔で自分の作った夕食にありつく天国の顔に、
担任から渡された紙をつきつけた。
「なんだ?えー…三者面談。
…お前…今度は何をやらかした?」
「個人的な呼び出しでプリント出すほどガッコも暇じゃねえよ。
行事だ行事。全員あんだよ。」
「ははっ、ジョーダンだジョーダン。
分かった。予定確認しとくな。」
「ああ。屑桐センセーもお前が忙しいからなるべく融通きかすって言ってたぜ。」
「そっか。助かるわ。
流石屑桐さん、気ぃきくな。」
天国の言葉に、やはり屑桐と昔からの知り合いであったことに気づく。
そういえば以前から先生の事を「屑桐さん」て呼んでたんだよな…。
「……なあ、天国。」
「ん?」
「屑桐先生と前から知り合いだったの、何で黙ってたんだ?」
せめてこれくらいは聞いてもいいだろうと思い、口にした。
天国は一瞬口をつぐませるが。
次の瞬間にはいつも通りの笑みを見せて言った。
「なんだ、屑桐さん話したのか?
ちぇ、こーいう時のためにサプライズ要素を残しとこうかと思ったのに…。」
おどけた答え。
だがその答えは不思議と芭唐の胸を冷やした。
「…嘘…つけよ。」
自分でも驚くほどに冷たい声が流れた。
こんな声、天国に対して出したのは初めてだ。
「何で…何も…。」
言ってくれないんだよ?
そう、叫びたかった。
「芭唐?」
だが、無駄に高いプライドがそれを邪魔する。
「……ごめん、なんでもない。」
「……そうか。」
天国も申し訳なさそうな顔をした。
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prrrrrrrrrr
『はい。』
『牛尾か?』
『屑桐?…久しぶりだね。』
『ああ。』
『どうしたんだい?何か御柳君の弟にあったのかな?』
『何か、というほどのことではないのだが…。』
『うん。でも気づいたことあったんだね。』
『…お前は知ってたか。猿野が何も話してないって。』
『……彼からは直接聞いてはいないけど。
そうか…やっぱりそうだったんだね。』
『お前にも言ってないのか?猿野は。』
『うん、残念だけどね。
彼にとっては僕は上司であり先輩だけど、それ以上のことはないから…。』
『その言い方はやめろ。第一あったら殺す。』
『はは、冗談だよ。』
『ともかく、御柳…オレの教え子の方だが、
それに不満を覚えているようだな。』
『彼ももう15だしね…ふふ、最近は刺すような眼で僕を見てくるよ。
一人前に嫉妬を覚えてるらしい。』
『お前な…。
まあいい、猿野のこと、これからも気にかけておいてくれ。
またあんなことになるのはごめんだからな。』
『うん、それはよく分かってるよ。
……もうあんな顔みたくなからね。』
『ああ。』
To be Continued…
久々に連載再開です。
当初の予定よりずれてきましたが、こちらの方がしっくりくるようです。
長い話って実際書いていくと微妙に方向転換するのがまた面白いですね。
これを最初考えた当初は牛尾くんと屑桐くんを仲良くさせる気は全くなかったのですが…。
いやあ時の流れってすごいわ。
読んでくださった方、本当にありがとうございます!
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