彼方へ


10


アンナ・ベルより一足早く城に戻った二人は、城主ヴァレリアス伯に事の次第を伝えに行った。

ヴァレリアスは事情を聞き、娘を迎えるよう使いを送った。


その姿に、ガブリエルは少なからず安堵する。
出戻りの娘など、とヴァレリアス伯が突っぱねるような事は、と思ったからだ。
だが、ヴァレリアス伯はガブリエルが思うより寛容で賢明な父であったようだ。

しかし。

「…ヴラディス。
 確かアナ殿は『腹違いの妹』と言っていたな。」

「……ああ。父が外で作った…といえば聞こえは悪いがな。
 アナの母親は…私の乳母だった。
 少なくとも、あの女より私にとっても母と呼べる女性だったよ。」

ヴラディスラウスは少し懐かしそうな瞳をする。
先程アンナ・ベルに会った時と同じように。

ガブリエルは、これから起こるであろう不愉快な出来事のことを。
この一瞬だけは忘れた。

そしてそれから数十分後。
アンナ・ベルはヴァレリアス城に到着した。




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「………………………………。」
「……。」
「……。」

ガブリエルが予想していたのは違う形ではあったが不愉快な時間が訪れた。

夕食の時。
到着したアンナ・ベルも同席していた。

しかし、重い沈黙がその場を支配していた。

言うまでもなく奥方・エリディアである。
実の息子ですら所構わず罵倒するような彼女が、
夫が他の女に産ませた子を受け入れているはずもなく。

彼女はアンナ・ベルを視界に入れようともしなかった。
存在しないものとしてとらえているかのように。

ガブリエルは何も言う事はなかった。
言っても、彼女の心に無用な傷をつけてしまうだろう。
そして、見たくないものをどこまでも拒否してしまう奥方の生き方に口出しするつもりもなかった。


そして、誰ひとり満足のない長い夕食が終わった。


エリディアはいつも通り、ラドゥラスを連れると自室に向かう。


重苦しい空気の原因がいなくなると、誰からともなく軽く息をついた。

そして、ヴァレリアス伯はそう軽くない口を開く。



「アナ…。少し話そう。私の部屋に来なさい。」
「……はい、お父様。」
アンナ・ベルは嬉しげに父に答えた。
彼女は不器用な父の愛情をよく捕らえているようで。
その表情は安堵と、父に話してもらえた素直な喜びが見え隠れしていた。

ガブリエルは、席を立ちながらその様子を密やかに微笑ましく感じた。
そして、ガブリエルは彼女の身体にある変化に気づいていた。

それは彼の天使としての能力ゆえに感じたこと。
だが、今は伝えるべきではない。


そう思った。


伝えるべきだったのかもしれなかったのに。



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「…ヴラディス?どうした、今日は随分と静かだな。」

夕食後、ガブリエルはヴラディスラウスと共にヴラディスラウスの部屋のソファでくつろいでいた。
いつもなら、ここでまた尽きることのない会話を楽しんでいるのに。
今日は茶を用意してから、ヴラディスラウスはいっこうに口を開かなかった。


「どうかしたのか?妹君も帰ってこられたというのに…随分と不機嫌なようだな。
 …ああ、母君の態度が気に入らなかったのか?」

宥めるようなガブリエルの声。

ヴラディスラウスは苛立ちを感じていた。




「気に入らなかった事があったのは合っているよ、ガブリエル。
 だが、別に母上に苛立っていたわけではない。」

ヴラディスラウスはガブリエルに背を向けたままで答えた。





「…?そうなのか。
 じゃあ…。」




何故、と。
ガブリエルは続けようとした。



だが、振り向いたヴラディスラウスの瞳に口を閉ざす。
その瞳には暗い怒りと、焼け付くような熱い感情が見えた。

それは、あのときにも見た。




そう、思った瞬間。




ガブリエルは自分の身体がソファに横たえられているのに気づいた。


目の前には、先程と同じ瞳のヴラディスラウスが居る。

ガブリエルは今、ヴラディスラウスに押し倒された格好になっている。





「気づかないか。ガブリエル。」

「ヴラディス…何を…。」



驚いた目で自分を見つめるガブリエルに、ヴラディスはおかしげに口元を歪める。






「もう忘れたのか?ガブリエル。

 愛していると、言っただろう?」



「…!ヴラディ…っ!!」

驚愕に開く瞳に見入りながら。

ヴラディスラウスはガブリエルに口付けた。



「ん…っ…。」

軽く舌を絡め、唇を離す。


「随分と素敵な瞳でアナを見ていただろう…?
 私が何も感じないと思っているのか?」

ヴラディスラウスの言葉に、ガブリエルは更に驚いた。
「何を…馬鹿な…。」


「ああ、馬鹿なことだな…。
 分かっている。分かっているのだ…ガブリエル…。」


ヴラディスラウスの瞳に、次第に縋るような弱さが現れる。


「……ヴラディス……。」



分かっていても きっと 止まらなくて。


それが人なのだと。


天使は知っていた。


そして知らなかった。


                         To be Continued…



もう少しでヴラディス氏の不安が別の方向に動き出します。
…多分。
とんでもなく長くなりそうな予感がしてきました…。(苦笑)


久しぶりなのに短いなあ。(T▽T;)

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