彼方へ
11
「よく戻ってきた…。
辛かったな、アナ。」
「いいえ、お父様…。嫁いだというのにおめおめと戻った娘ですのに…。
そのようなお言葉をいただけるなどと、望外でございます。」
ヴァレリアス城の主の部屋で、ヴァレリアス伯は帰ってきた娘をねぎらっていた。
ヴァレリアス伯にとって、妾腹とはいえ娘であるアンナ・ベルは、愛しい存在であった。
息子たちには愛情を表現する事に少なからず戸惑いがあったが。
素直な受け止め方をしてくれるアンナ・ベルには、ヴァレリアス伯も素直に優しい言葉をかけていた。
それは、彼女の母親がそうであったように。
「そうか。私は…お前が戻ってきた事を嬉しく思っている。
出戻り…などということは気にするではない。」
言外に、奥方のエリディアが何を言おうと気にする事はないと伝える。
それは、アンナ・ベルも承知していた。
「はい、お父様。」
アンナ・ベルは不器用だが優しい父ににっこりと微笑んだ。
「それにしても…。」
ふと思い出したように、アンナ・ベルは呟いた。
「どうした?アナ。」
「いえ、ヴラディスラウスお兄様のことですわ。
随分と良いお顔をされるようになられたのですね。
…あのお方のおかげですの?」
アンナ・ベルは帰城の折、久しぶりに会った兄の姿を思い浮かべていた。
隣に居た美しい人と初めて見るような穏やかな表情。
ああ、この人が兄を変えたのだと。
すぐに分かった。
「ああ、あの方はヴラディスラウスを気に入ってくださったようだ。
とてもよくしていただいている。」
「そうですね、とても優しげなお方のようですね。
私も失礼のないようにしなくてはいけませんわ。」
「ああ。粗相のないようにな。」
「はい、お父様。」
丁寧な物腰で父に礼をすると、アンナ・ベルは部屋を退出した。
ヴァレリアス伯は娘を見送った後。
ふと、月を見上げた。
少し欠けた月を…。
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「すまない…ガブリエル。脅かしてしまったな。」
ヴラディスラウスは激情のままに押し付けていたガブリエルの身体を離す。
ガブリエルは、ヴラディスラウスが感情を抑えた事に微かな違和感と、少なからぬ安堵を感じた。
「いや…少し驚いただけだ…。
気にしてはいない。」
いつもと変わらない、酷く寛容なガブリエルの態度に、ヴラディスラウスは密かに眉を寄せる。
そして、ガブリエルに背を向けた。
そのままで、彼はガブリエルに語りかける。
「ガブリエル…。」
「何だ…?」
「忘れないでくれ。
お前を愛している事を…。」
それは懇願だった。
ガブリエルは、その強い想いに気づいていた。
だから、応えなくてはいけないと思ったのだ。
それは優しさだったのか、それとも。
「お前は…友人だ。私にとって何にもまさる友なんだ。ヴラディス。」
逃げだったのか。
「それだけは真実だ。」
ガブリエルの言葉に、ヴラディスラウスは背を向けたまま
ただ沈黙していた。
ガブリエルもそれ以上は何も言わず、無言で部屋を出た。
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友だと、言われた。
それだけは真実だと…言われた。
「……つまりそれ以上の真実はない、というわけか…ガブリエル。」
ガブリエルの優しいはずの言葉は、ヴラディスラウスに大きな傷をつけていた。
ガブリエルが悪いわけではない。
それは分かっていた。
想いを告げた後も、避けることはなくずっと傍に居てくれた。
それはヴラディスラウスにとって幸福だったはずだ。
だが、それと同時に。
愛しいと感じる心が育つのを放られたままの非情な時間でもあった。
そして突然帰ってきた妹にも嫉妬するほどに
想いは育ってしまったというのに。
「随分と優しいな、ガブリエル…そして何て残酷なのだろう。」
愛しても、愛し返してくれないと。
これほどに人を愛するのは初めてだというのに…。
一人部屋で激情に身を震わせるヴラディスラウスの、その瞳に。
自室の本棚の一角が映る。
ヴラディスラウスはふと眼を見開く。
そして、目に入った本を押し入れた。
すると、本棚は低い音を立て、動き始めた。
そこには地下室への階段があった。
そしてヴラディスラウスは階段へ足を踏み入れた。
一瞬振り返り ガブリエルの消えた扉を眺めて。
地下室へと向かった。
数分後、ヴラディスラウスは小さな地下室へとたどりつく。
そこには、黒い書物が多くつまれていた。
それは、ヴラディスラウスの求めた手段。
神に背くものの力だった。
求めていたのは
愛しい人との永遠だけだった
To be Continued…
文章少なくてすみません。
さてこれから昼ドラまっしぐらv