彼方へ
12
最初はただ、好奇心だった。
元から神にもそれほど重きを置いていなかったこともあって。
神と魔、その対比を客観的に眺めてみようかと、軽い気持ちで。
それが思いのほか面白かっただけで。
ただ、他人に見つかると厄介な事になるから。
密かに溜まっていた書物を地下に隠していた。
なのに、今は。
ページをめくる手を一瞬止めて、ヴラディスラウスは一息ついた。
「まさか、役に立たせようなどと思う日が来るとはな。」
他人は神をも恐れぬ、と口をそろえるだろう。
だが、ヴラディスラウスにはそのような言葉、何の意味もなさなかった。
恐れていたのは、誰も見もしない自分に差し伸べてくれた手を失う事、唯一つだけだった。
「お前も…きっと同じことを言うな。」
神をも恐れない行為だと。
すぐに止めるべきだと。
だが、もう。
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「ガブリエル様。こちらでしたの。」
「ああ、アナ。」
アンナ・ベルが帰城してから数日。
ガブリエルは、図書室で一人読書をしていた。
「兄は…またお部屋でしたのね。」
アンナ・ベルは、目の前の麗人の表情が少し曇っているのを察知した。
それはおそらく彼の親友である自分の兄のことだろうということは容易に分かった。
「ええ…。」
ガブリエルは、苦笑しながらアンナ・ベルに応えた。
「あの、ガブリエル様…不躾で申し訳ないのですが、聞いてもよろしいですか?」
「…ええ。なんでしょう?アナ。」
「兄と何かおありになったのですか?」
アンナ・ベルの質問は、ガブリエルの予想の通りだった。
そう。あれから様子のおかしいヴラディスラウスと、自分。
ケンカをしたのではないかと、彼女はそう思っているのだろう。
「…どうなのでしょうね。」
ガブリエルは、曖昧に答えた。
自分が原因である事は間違いなかったが。
あの日、ヴラディスラウスに強い感情を再びぶつけられてから
ヴラディスラウスは、部屋にこもる事が多くなっていた。
ガブリエルが来るまではそのような生活は日常であったが。
ガブリエルは、ヴラディスラウスの感情を下手に逆撫でしてしまったのではないかと心配してはいるが。
ヴラディスラウス自身に聞いても、心配は要らないとの一点張りだった。
その眼には、数日前まではなかった激情が見えた。
その中の怒りを感じることはできたが。
もう一つのものは、ガブリエルには分からない。
だが、もう一つ分かった事があった。
その瞳を向けられた事に、自分が動揺している事。
「ガブリエル様?」
ふと気づくと、アンナ・ベルが心配そうに自分の顔を見つめている。
どうやら、思案の泉に入っていたようだ。
ガブリエルはアンナ・ベルに余計な心配を増やしてしまったように思い、申し訳なさそうに笑った。
「…すみません、アナ。
少し考え事をしてしまったようだ。」
「ガブリエル様……とてもお辛そうな顔をされていましたわ。
あの…私ではお力にはなれないと思いますが、何かありましたら私にも相談なさってください。」
彼女の表情には、純粋な善意が現れていた。
その表情に、ガブリエルの気持ちはわずかに凪いだ。
「ありがとう、アナ。
貴女は優しい方だ。」
感謝の心のまま、ガブリエルは彼女の手を取り、口付ける。
「ガブリエル様…。」
二人は、穏やかに笑顔を見せ合った。
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「ふん…?」
図書室の入り口横で影が動く。
その影の人物は、口元に微かな笑みを浮かべていた。
ヴァレリアス家の次男、ラドゥラスだった。
「…フフフ…そういうことか…。」
ラドゥラスは楽しげに笑った。
それは楽しそうに、ガブリエルとアナの二人を見て。
暗い暗い笑い。
「辱められればいい…ふしだらで下賎な欲でね。
貴方様が言われたとおりに…。」
あの日からずっとそれを願っていた。
だってあの男は、私を侮辱したのだから。
闇は、音を立てて渦を巻き始めていた。
To be Continued…
ほとんどすすんでませんね。すみません。(T△T;)
さてさて、久々に出てきましたラドさんですが。
しっかり引っ掻き回していただきましょう。