彼方へ


13


「やあアンナ・ベル。」

図書室にて、ガブリエルがアンナ・ベルと言葉を交わしてから数日後のこと。
庭を散歩していたアンナ・ベルは兄に声をかけられた。
ヴラディスラウスと同じく母の違う。
だが、思慮浅く愚かな兄。

「ラドゥラスお兄様…。」

だが、あからさまに嫌がるような顔を見せるほど、アンナ・ベルは浅はかな女性ではなかった。


「お兄様、ね…。」

ラドゥラスはアンナ・ベルが自分を兄と呼ぶことに、少し笑う。
彼もまた、彼の母同様彼女をこの家の人間と認めてはいなかったから。
だが、今彼には目的があった。

目的があるからこそ、今まで話しかけたことすら殆どない女に声をかけたのだ。

その事にはアンナ・ベルも気づいていた。

だから、自分から切り出すことにしたのだ。


放っておけば余計な悪口をも聞かされることになっただろうから。

「何か、御用ですか?」

にこり、と顔の筋肉を笑顔の形に動かす。
その顔に、ラドゥラスも笑い返す。

「…?」

それは見たこともないほどの暗い笑みで。


「いや、君も随分とガブリエル様と仲良くなられたのだなと思ってね。」

「…は?」

ラドゥラスの口から出てきたのは、思いもかけない人の名前だった。
だが、次に彼の言った言葉でラドゥラスの言わんとすることは分かった。

「とてもお似合いだったよ?
 図書室での君達二人は…。」

「…何をお考えですの、お兄様。」

兄の下世話な思考に、気が重くなるのを感じながらアンナ・ベルは応えた。
どうせ自分がかの人をたぶらかそうと思っているだろうとか
これだから下賎な血はしかたがないとか言うつもりだろう。

そんな話なら聞きたくもなかったが、露骨に無視をすることも出来ない。
そう思いながら、早く話を済ませてもらいたいと。

だが、ラドゥラスの言ったことはアンナ・ベルの思っていたことから外れていた。



「君は知らないようだね。兄上の想いを。」

「…?!」
口の傍をあげた嫌な笑みを見せたラドゥラスの言葉は、アンナ・ベルにはすぐに理解できなかった。
唖然とした表情に、ラドゥラスは更に笑みを深くする。



「分からないかな?」



「…わかりませんわ、お兄様のおっしゃる事。」


ラドゥラスは歪む口元に指を当て、嘲笑するように。



「無粋な事を言わせるね…アンナ・ベル。



 ガブリエル様は…兄上の恋人なんだよ…。」



「!?」
意味を受け入れるには余りあるほどの言葉にアンナ・ベルは凍りついた。
兄は何を言っているのだろう。

あの真面目で毅然とした長兄と、優しく包み込むような笑みのかの人が。
神に背く愛を抱いていると。


「お兄様…口にするには突飛過ぎるお言葉ではございませんか?
 私には受け入れかねますわ。」

「君が受け入れようと受け入れまいと、私は事実を言っているだけだ。」

ラドゥラスは、自分の言葉に、
この事実にアンナ・ベルが困惑し、ショックを受けている事に
楽しさを感じていた。
それは優越感に似た陶酔であった。

ラドゥラスは酔うままに言葉を並べる。

「あのお二方は、夜毎に背徳の果実を貪っているのさ。
 いや、夜だけではないのかもしれないね…。」

「無意味な侮辱はお止めください!!お兄様!!
 何の根拠があってそのような事を口にされるのです!!」

アンナ・ベルは堪らずに声を上げる。
自分にとって尊敬に値する長兄と、畏敬の念を抱く兄の友人。
その二人を下卑た言葉で卑しめられるのを許す事は出来なかったのだ。


耳を塞ぐようにして激昂するアンナ・ベルの様子をラドゥラスは楽しげな表情を崩さず見る。


「大声を出すのは止めたまえ、はしたない。」

くっ、と笑いを声に出すと。
ラドゥラスはもう用は終わったとばかりに踵を返した。


そして、一言言葉を残した。


「確かめてみればいい。嘘ではないからな。」




「…!!」


確信を持っているラドゥラスの口ぶりに、アンナ・ベルは驚愕する以外なかった。



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ラドゥラスの話を聞いてから数日。

気にしないでいようと思っても、どうしても気になってしまい。
アンナ・ベルは長兄とその友人の姿をどこか傍目で見てしまう自分に気づいていた。


ヴラディスラウスとガブリエルは、やはりあの日図書室で聞いたように何かあったのか
以前のように始終共にいる、というほどは傍にはいなかった。

むしろヴラディスラウスはガブリエルを少なからず避けているように見えた。


だが、その態度の裏にある強い気持ちを、アンナ・ベルは察知していた。



そのことに気づいたアンナ・ベルは愕然としながらも。


その兄の視線にどこか危険な色が含まれているのを感じていた。


それは遠からず、その想いを向ける相手…ガブリエルになんらかの形をとる予感をもたらした。



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「ガブリエル様、お時間を頂いても…よろしいでしょうか?」

「おや、アナ。貴女でしたか。」

アンナ・ベルが二人の間に流れるある感情を察知してからまた数日。
彼女はガブリエルの部屋に会いに行った。

もし彼が兄の思いに気づいていないのならば、忠告すべきではないか。
いや、もともと私の考えすぎなのかもしれない。
そう悩みながらも。

ガブリエルになんらかの働きかけが必要なのではないかと彼女は思った。

ガブリエルがヴラディスラウスに対してどういう想いを抱いているのか、それは分からない。
友情は持っているだろう、だがヴラディスラウスのような愛は?
ない可能性のほうが遥かに高い。

アンナ・ベルは兄を愛している。
そして、だからこそ神に背いた愛に身を投じてはほしくない。
だが本当に兄の幸せを思うなら、ガブリエルへの想いを諦めさせるべきではないのかもしれない。


でも。


ガブリエルも、大切だから。

兄のために、そしてガブリエルのために。


兄の愛を、罪と呼ばれるであろう想いを認めることは彼女には出来なかった。

だから。





「それで、お話とは何ですか?アナ。」

初めて会った時と変わらない優しい微笑みで自分を見つめるガブリエルに。


彼女は意を決して口を開いた。

「ガブリエル様…このようなことを口にして本当に非常識で申し訳ございませんが…。」



「はい…?」


「あの…兄は…兄は、貴方の事を…。」




                                       To be Continued…



ひっじょ〜に遅くなりました!!ヴァンヘル長編です…。
今も待っててくださって読んでくださった方、大感謝です!!
さて、今回は初代アナ(笑)さんの気持ちですね。
この人の気持ちかなりいろいろ悩みました。どこかってガブリエルに惚れさせるかそうでないか。
結果は…決定しましたが、ここでは言いません。

続編、今これから書きます。
どえらく半端なきり方ですが…(苦笑)

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