彼方へ




15



冷ややかな声に引きずられるように。
ガブリエルは、アンナ・ベルに軽く謝罪するとヴラディスラウスの後を追った。


そしてそのまま、二人は一言も交わすことなく、ヴラディスラウスの私室にたどり着いた。


ガブリエルを招き入れると、ヴラディスラウスは扉に静かに鍵をかける。

それはヴラディスラウスにとっては習慣となっている行動で、
ガブリエルもそれを知っていた。

だから、その音と、密室となった事実は ガブリエルの警戒の念をすり抜けていた。





二人きりになって。

ヴラディスラウスは重くなった口を開いた。



「アナと随分仲良くなったようじゃないか?ガブリエル。」
その声には明らかな意図が含まれていた。

「…馬鹿な推測をするものじゃない、ヴラディス…。」

前も言っただろう、とガブリエルはヴラディスラウスを諌める。




その言葉に、嘲笑したようにヴラディスは声を荒げる。

「推測…?ああ、そうだな、馬鹿な推測だ!!下賎な考えだ!」

その声の勢いの発するまま、ヴラディスラウスはガブリエルの胸倉を掴むと、
音を立てるほどに激しく、ガブリエルの身体を壁に押し付けた。


「!?」

人ならざる者とはいえ、今は生身の身体であるガブリエルにも、その衝撃は大きかった。

だが、もっと強い衝撃が待ち構えていた。





「だがな、ガブリエル…こんな下賎な考えでも今の私は捕らえられる。

 どうしてくれる…?ガブリエル…!?

 お前に放られたままのこの気持ちは、こんなにも大きくなってしまったのだ!」



強く強く訴えかけるヴラディスラウスの言葉と瞳に。


ガブリエルは魅入られたように動けなかった。


「私だってこんな事を考えたいわけじゃない。
 
 だが…考えてしまう…!嫉妬してしまう…!
 
 お前の姿を見て…抱きしめたくてたまらなくなる…どうすればいい、どうしてくれるんだ…?」


ああ、この真っ直ぐな瞳だ。
真摯に、一途に…この自分を愛している事が分かる。

今の自分は…本当の自分ではないのに…。



彼が愛しているのは…。



黙ったままのガブリエルを、ヴラディスラウスは激情のまま抱きしめた。



その熱い感情を、抱きしめる腕の温もりに、
ガブリエルは今まで感じたことのない安らぎと昂揚を覚えた。



だが、その感覚に捕らわれる事を許されはしない。


分かっている。


だけど…。



「ヴラディス………私は………。」




呟く声に、ヴラディスラウスは応えない。

その代わり、ガブリエルの首筋に口付けを落とす。

そして。


「……つっ…。」

その唇は、ガブリエルの肌に吸い痕を付けた。


ガブリエルは、そのままヴラディスラウスの腕を拒めずに。
ヴラディスラウスはそのまま数箇所、ガブリエルの肌に口付ける。


「…ぁ…っ…。」


それが終わると、ヴラディスラウスはガブリエルの唇に。
喰らい付くように口付けた。




「ん…ぅ…ん…っ。」



全てを奪われそうな感覚。
ガブリエルは拒まなければ、と思いながらも熱い腕に抱かれる恍惚から逃れられず。


熱いキスを受けた。



 

#######

「拒まないのか…。」



長い長いキスが終わった時。
やっとガブリエルは正気に戻っていた。


動けなかった。

拒めなかった。

自らの立場を、役割を。

神の愛を一瞬とはいえ忘れていた。

ヴラディスラウスに…期待を持たせてしまった。

多くのことに困惑するガブリエルを、ヴラディスラウスはゆっくりと離す。


「部屋に…戻れ、ガブリエル。」


ヴラディスラウスの口から出たのは、意外にも解放の言葉だった。


ガブリエルは、何も考える余裕もなく。


その言葉を幸いに、ヴラディスラウスの部屋を逃げるように去って行った。






ガブリエルが自らの首筋に赤黒く光る「しるし」に気づくのは


この日から1週間あとの事だった。



                                  To be Contnued…



はい、なびいてます。天使さま。
そろそろ本格的に急展開。
伯爵はまだ今回も最後は紳士でした…が、いい加減我侭になってください。
ホントにもう。(お前が何とかしろ)

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