彼方へ


第二部


「おはよう、アナ。」

「お父様…。」



ここはヴァチカンの居住区。
ヴァレリアス家に金髪の客人が来て、知らないうちに彼女がここに連れて来られてから2ヶ月にはなろうか。

あれから、城はどうなったのか。

年の明けた日には父もここに来た。


父の話から聞くことの出来たのは、恐れていた通り狂気に陥った兄の話。

何故、と問うことはなかった。
アンナ・ベルは兄の狂気の理由を知っていたからだ。

兄は…愛ゆえに狂ったのだ。
あの存在を愛したゆえに。


父であるヴァレリアス伯は、娘が自分の話に口を閉ざしたのを見て、
娘が何か思い悩むのを察した。

だが。
自らも重い苦悩の中にいた。

ヴァレリアス伯にとって、ヴラディスラウスは愛する息子だった。
冷静で深い知性を持ち…どこか、情のうすい…そう感じることもあったが。
神をも恐れぬ行為を成すなど。

そんなことを行ったことを、まだ信じることはできなかった。


あの日、幽閉された自分を助け出してくれたのは壮年の紳士だった。
彼は名乗ることもなく、自分を連れるとこのヴァチカンへ向かう馬車に乗せた。
そしてたどりついたヴァチカンで、ヴァレリアス伯はアンナ・ベルに会った。


彼女は、自分が視察のたびに出ていた数ヶ月の間に訪れたガブリエルの親族の者に連れてこられたそうだ。

だが、彼女にも詳しい説明は成されておらず。
釈然としない思いのまま、親子二人は1ヶ月の時をこのヴァチカンで過ごした。

ヴァチカンの人々も多くを語らず。
親子二人の生活の面倒を黙々と見ていた。

だが、この聖なる場所で神に背いた家族をもつ罪悪感は確かに存在しており。
居心地など感じる余裕もなく、日々をすごしていた。

ただ二人にとって少なからぬ救いもあった。
アンナ・ベルの中に宿る小さな命である。

こんな状況になってはいても。
アンナ・ベルにとっては初めての子。そしてヴァレリアス伯にもはじめての孫であった。


ヴラディスラウスにもかつては妻がいたが、早逝しており。
二人には子供も居なかった。
ラドゥラスは結婚もしていなかったし、あまり手癖がよくはなかったが子供ができることはなかったようで。

ヴァレリアス伯は、この子のためにも前を向くほうに心を傾けていくことが出来た。



その時、ノックの音がした。


「はい。」

「ヴァレリアス伯、こちらでしたか。」

ドアを開けると、そこには二人の身の回りの世話をしてくれている修道士が居た。
まだ若いが、仕事をそつなくこなす彼を、二人は少し気に入っていた。


「手数をかけましたな…何か御用が?」


「お客様が来られています。」


「…客?」




###########

「あなたは…!」

「お久しぶりです、ヴァレリアス伯。」

そこにいたのは、ヴァレリアス伯を助け出してくれた紳士だった。
茶色い礼服を身に纏い、すっきりとした立ち居振る舞いの人物だった。

「よくぞ来られた…あのときは、本当になんと感謝してよいか…。」
ヴァレリアス伯は早速謝意をつたえた。
あの時は、状況が状況であったために礼もいえなかったのだ。

命の恩人であったのに。


だが壮年の紳士はその謝意を受け取ることを断った。


「いえ、私は主人の命を聞いただけのこと…礼は、主人におっしゃって下さい。」

「あなたの、主人…?」


紳士はつ、と身体をよけた。
後ろに居る人物を通すためだった。


そして、後ろに居たのは。



「…!」


「到着が遅くなりまことに申し訳ありませんでした。
 ヴァレリアス伯。」



「ガブリエル様…?!」


そこにいたのは、黄金の剣を携えたヴァレリアス城の客人だった。




                                  To be Continued…



2週間ぶりの第二部の本編です。
っていうか今回も導入部だけですね。説明不足だった点をほんのすこし補充。
ヴァレリアス伯を助けた壮年の紳士はヨフィエルです。
このひとは自発的に働いてくれますね。ガブリエル大好きだし。

まだまだ状況説明が足りませんが、がんばります。


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