彼方へ
第二部
2
ヴァレリアス伯は、ガブリエルの到着に驚く暇もなく。
ガブリエルの導くままにローマ法王のもとに訪れた。
「どうぞ、伯爵。」
「あ…あの、ガブリエル様…。」
ヴァレリアス伯はまだ状況が理解できずにいた。
なぜこの人が、ここに来たのか。
なぜこの人がこの場を案内しているのか。
なぜこの人がローマ法王のところに自分を連れて行くのか。
すべてが分からない事だらけで。
しかし、ガブリエルは言った。
「全ては中でこれから説明いたしましょう。
今起こっていることを…、そして貴方が…私が成すべきことも。」
ガブリエルの真剣な面持ちに、ヴァレリアス伯は言葉を飲み込んだ。
そして、ゆっくりと扉が開いた。
############
ローマ法王、ピウス2世。
すでに50代半ばをすぎた法王は、荘厳な教会の中、法王の座に座っていた。
ガブリエルはゆっくりと跪き、法王に頭を下げた。
ヨフィエルもそれに習う。
そして、ヴァレリアス伯も当然のごとく。
キリスト教の長たるものの前に跪いた。
「よく来られました。ヴァレリアス伯爵…。
私がローマ法王、ピウス2世です。」
「は…このたびは…大変なご迷惑を…。」
「顔をお上げください。
今起こっていることを貴方は把握してはいない。
これからそれを説明いたしましょう。」
ピウス2世は毅然とした態度でヴァレリアス伯を制した。
そして、ガブリエルの方を一瞥すると。
再度ヴァレリアス伯に向かった。
「こちらのガブリエルは、このヴァチカンに属する者です。
昨年の1月、貴方の城に私の指令で潜入させていただきました。」
「な…!!」
ヴァレリアス伯は驚いた。
今まで、彼が公爵家の人間であることを疑ってはいなかったからだ。
「潜入の理由は…ご子息、ヴラディスラウス殿…。
彼は悪魔の研究に手を汚し始めていたのです。」
「…!!」
ヴァレリアス伯は目を見開く。
予想はしていた。
息子が、何か恐ろしいことを始めていることを。
だが…。
「信じられない、と思いたくなるのは無理ないことです。
ですが…これは、事実です。」
「…息子が…なんと恐ろしい事を…。」
私はそのように育ててしまったのか。
後悔の念がヴァレリアス伯にの胸に広がっていった。
だが、これは事実。
全て受け止めることが自分の今出来るひとつだけのことだと。
ヴァレリアス伯は、姿勢を正した。
そしてピウス2世は説明を続けた。
ヴラディスラウスの悪魔の研究は数年前から行われていたこと。
ガブリエルはその警告のために訪れていたこと。
しかし、止められなかったこと。
それはヴラディスラウスが悪魔の器として選ばれた人物であったことが原因であったこと。
一度はヴラディスラウスを殺したが、悪魔がそれを更にとどめたこと。
その結果…ヴラディスラウスは吸血鬼としての命を手に入れたことを。
ヴラディスラウスの所業と、悪魔の意志によりこの状況はできあがってしまったのだと。
全ての出来事は、ヴァレリアス伯にとってはあずかり知らぬことだった。
ヴァレリアス伯は全てを受け入れることはすぐにはできなかった。
その様子に、ガブリエルが口を挟む。
「法王…。ヴァレリアス伯は混乱をされているご様子。
説明は終わりましたので、しばらく時間を渡されては…。」
「……ですが…いえ、だがガブリエル。
あまり猶予はないのでは…。」
「混乱をきたしたまま行動を起こすことは危険を呼びましょう。
…よろしいですか?」
法王は、ガブリエルの言葉にしぶしぶながら頷く。
「分かりました…。ヴァレリアス伯、今日は下がられるがよろしいでしょう。
明朝…あなたのお考えを聞かせてもらいたい。」
「…はい…。」
ヴァレリアス伯は、呆けた様子のままで法王の間を去っていった。
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荘厳なる扉が閉じられ、法王の間はガブリエルとヨフィエル、それにピウス2世の3人のみとなった。
「よろしいのですか、ガブリエル様?」
ピウス2世はガブリエルに聞いた。
法王は知っていた。
彼が天使であることを。
だが、ヴァレリアス伯に知られるわけには行かないので、ヴァチカンの所属の人物、ということにしてもらったのだ。
ピウス2世は生真面目とも取れる学者肌の教皇であった。
だからこそガブリエルの命に明確な理由を求めていたのだ。
ガブリエルは答えた。
「…混乱のまま強制させていては、贖罪を成すことは困難であろう。
大丈夫だ…ヴァレリアス伯は不器用だが誠実な人物だ。」
「…そうですか…?では何故子息の所業に気づくことすらできなかったのでしょうか?」
「言ったであろう、彼は不器用だ、と。
生真面目に城主として生きていたのだ。
そなたにも似ているな。」
「!ガブリエル様…そのような…。」
「そこまでにするがよい教皇…。
忘れるな、ここに居られるは大天使ガブリエルにあらせられる。
人であるそなたが軽々しく口をきくでない!!」
「あ…こ、これは申し訳のうございます…!」
ヨフィエルはガブリエルの言葉になおも言い募りつめよりピウス2世をいましめた。
ピウス2世も、ガブリエルの優しげな風貌につい心安く声を出してしまっている自分を省みる。
その通りだ、ここにいるガブリエルはまぎれもなく神に使わされた大天使。
自分ごときが軽々しい口をたたける存在ではなかったのに。
恐れ多さにピウス2世が恐怖を感じ始めていたのをとめたのはガブリエルだった。
「止めよヨフィエル。」
「しかし…!!」
「人の力をもって事を成そうとしているのだ。
そのように押さえつけることはない。」
「大天使様…。」
ピウス2世は、この場にいる美しい人が天使であることを実感した。
そしてヨフィエルは主人のいつもどおりの優しさに一息はいた。
「御意に…。」
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明朝に集合するということで、ガブリエルとヨフィエルも法王の間を出た。
ヴァチカンに用意された豪華な部屋に入る。
天使といえど人の身体で地上へ降りているなら、睡眠は必要なことだった。
「では明朝だな。ヨフィエル、ミカエルに連絡を頼めるか?」
「御意。」
ヨフィエルは命を実行すべく使いの鳥を飛ばした。
その間、ふとヨフィエルはガブリエルを見た。
ガブリエルはテラスの手すりに手をつき、哀しげな吐息をもらした。
「ガブリエル様…。」
「ああ…終わったのか?」
ヨフィエルはガブリエルの傍に来ると。
一言、聞いた。
「戦うのですか?」
「…ああ。」
「……想っているのに?」
「!!」
ガブリエルは驚いてヨフィエルを見た。
ヨフィエルはごまかしを許さない瞳でガブリエルを見つめた。
少しの間をおいて。
ガブリエルは言った。
「想っているからこそ…私はやらなければいけない…。」
誰を、とは二人とも言わなかった。
「…差し出がましいことを申しました…お許しください。ガブリエル様。」
ヨフィエルは一礼すると。
部屋に戻った。
これ以上ガブリエルの顔を見ることはできなかったから。
隠された涙を。
To be Continued…
意外とヨフィエルが出張ってますね〜…。
今回出てきたローマ教皇はほんとに1462年当時のローマ教皇です。
人文主義者の代表的人物で詩人・歴史家としても高名だったとか…。
ネットってマジ便利ですね。(笑)
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