彼方へ
第二部
11
「ではなぜ?」
マルクは質問を続けた。
生きていて欲しいのに…何故?
「兄は許されない罪を犯しました。」
アンナ・ベルの答えはマルクを満足させるものではなかった。
そんな答えを求めてはいない…。
マルクは再度彼女に問う。
「神にそむいたから?」
アンナ・ベルはその言葉に頷き、そして言った。
「神に…ええ。そして人の道にも…です。
兄は母も、そして次兄も…殺しました。
自らの愛ゆえに、です。」
そこまで言うと、アンナ・ベルはマルクの問いにはっきりと答えた。
「私も父も、兄を愛しています。
だからこそ、これ以上罪を犯してほしくない。」
「…あ…。」
その言葉に、マルクは自らの思い込みを知った。
そして恥じた。
彼らは教会の決まりごとという「神」に背いたから家族に罪を償わせるのではないのだ。
自分は…そうだったけれど。
教会という「神」の決まりで我が子を捨てさせられた…。
自分の辛い記憶、そして彼らの貴族という身分、面子が愛情を上回る世界。
それらの経験から…思い込んでいたのだ。
家族を殺す、など…中途半端な理由があってできるものではないのだから。
それこそ自分が痛いほどに知っていたことなのに。
「…申し訳ありません、辛いことを…。」
「いえ、私も誰かに聞いて欲しかったのかも…しれません。
不思議ですね、何故貴方に話せてしまえたのでしょう。」
アンナ・ベルはそういって、微笑んだ。
どこか儚いような…薄い紅のような笑顔だと、マルクは思った。
そして、その笑顔につられるようにもうひとつだけ、聞いた。
「…あなたの兄上は、自らの愛ゆえに…?」
するとアンナ・ベルの表情が変わる。
聞いてはいけないことだったのだろうか。
マルクが聞いたことを後悔し始めた時。
アンナ・ベルは言った。
「……兄はたった一人の人を愛したんです。
その人だけの為に…」
バン
突然ドアが開いた。
アンナ・ベルが話しはじめてすぐのことだった。
「マリー…ここにいたのか…っ。」
「あんた…ヨフィエル…!」
現れたのは、ガブリエルの忠実なる従者だった。
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「伯爵。」
「ええ。」
「「……。」」
4人の男は今、ヴァレリアス城にたどりついた。
ヴァレリアス伯は、覚悟を決めている様子で、毅然とした眼差しで変わり果てたかつての我が家を見つめた。
その様子をガブリエルははっきりと受け止めた。
ヴァチカンからヴァレリアス城に至るまでの間、伯爵は誰とも言葉を交わさなかった。
それは最後の心の整理に必要な時間だったのだろう。
ガブリエルも、そして二人の聖騎士も何かを察したのだろう。
旅の間、無理に彼に話しかけようとはしなかった。
そして。ヴァレリアス伯、ガブリエル…そしてハロルドとダスティは今、戦場へとたどりついたのだった。
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ヴァレリアス城…その主となったヴラディスラウスの自室では。
既に来訪者…いや、侵入者とも帰宅者ともいえる彼らが来ているのが感じ取れた。
父と、どこかで雇ってきたのであろう二人の人間…そして、待ちわびていた人。
くすくすくすくす。
ヴラディスラウスは楽しそうに嬉しそうに笑う。
「やっと…来たな。待ちくたびれたぞ…。」
ゴウッ
伯爵の傍で何かがすばやく動く音がした。
すると一匹の狼男(ウルフマン)がヴラディスラウスの前に姿を現した。
「貴様は父上を殺せ。
あの男にもう用は無い。」
その言葉に、ウルフマンは小さく頷くと。
再び姿を消した。
それを見届けると、次にヴラディスラウスは指を鳴らす。
その音に…十人ばかり、生気の無い肌と眼をした人間が現れた。
いや…彼らは既に人間ではなくなっていたが。
「お前達はあれを…ガブリエルを連れて来い。
ああ…ついでに、くっついてきた「主のしもべ」も殺してくるのだ。
ヴラディスラウスの命令を聞くと、彼らは無言で去っていった。
彼らは、ヴァレリアス城の元使用人だった者達だった。
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ギィイ…
「来訪者」たちはゆっくりと城の扉を開けた。
中は明かりひとつ無く、静まり返っている。
つい数ヶ月前は、明るいとは言えずとも、家族がいて…平凡な貴族の家庭がそこにあったはずなのに。
ヴァレリアス伯の胸に、改めて悲しみが襲った。
聖騎士の二人は、以前の城など知るはずも無く。
神にそむいた化け物の来襲にそなえ緊張を高めていた。
玄関ホールを抜け、居間へ向かう。
そして…食卓までたどり着く。
決して短い距離ではなかったが、この間は静かなもので。
ダスティは、思わず声を漏らした。
「…なんだよ、随分静かだな。」
「油断するなよ、ダスティ。」
「わかって…「しっ」…。」
突然、ガブリエルがダスティを制した。
ガブリエルはそのまま剣を構え、ある一点を見つめた。
ダスティ、ハロルド…そして伯爵は身構えた。
誰かが来る。
「…どこだ?」
「黙るんだ。」
そして、ガブリエルが見つめた先。
食卓の主の席に…彼が、いた。
「…ヴラディスラウス…。」
そこに変わり果てた、だが全く変わらない姿の…彼が。
「ようこそ、我が城へ。父上…ガブリエル。」
ヴラディスラウスは座ったままテーブルに肘を着き、顎を手に乗せて。
にこり、と笑った。
To be Continued…
ここまで来てやっと話が動きましたね…。
いや、長かった!これで2部も終了が近づいて…いや、これから佳境なんですが。多分。
そしてやっとやっと再開した主役二人。
これから二部の泥沼開始です♪(おい)
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