彼方へ


第二部


14


GYAAAAAA……!!




「よし!」

ダスティの矢がウルフマンの胸を貫いた。
鏃には銀が塗ってある。

ウルフマンには確かな威力を持つ武器だった。


だが、かろうじて急所は外していたのか。
ウルフマンは力を振り絞りその場を逃げ去って行った。


その姿を、ヴァレリアス伯爵は呆然と見つめていた。

そしてその無防備な姿は、この場では格好の標的となっていた。



「ヴァレリアス伯爵!!ぼっとするな!!」

矢を放ったダスティは様子のおかしい伯爵を助けるべく体勢を立て直す。

しかしその瞬間、吸血鬼の一人がダスティの横から襲い掛かる。


「くっ!」

ダスティは右手に銀細工のナイフを取ると必死で対応した。



ハロルドも一人の吸血鬼を相手に苦戦していた。
なにしろ、基本的な筋力が違いすぎる。

相手の力をいなしながら、攻撃をするもいつまでもつかわからない。


だが、それでもまだ二人は十分に戦っていた。


数十人は数えたはずの吸血鬼は、もう数人に減っていたからだ。



それは全てガブリエルの力だった。



ガブリエルの攻撃は、確実に一撃で相手の急所を貫いている。
そして剣は、ミカエルから受け取った神の力。


吸血鬼たちが早々にかなう相手ではない。


返り血に穢れながら、ガブリエルはそこにいた最後の一人をなぎ払った。




「あああああ!!!」


その瞬間、ヴァレリアス伯の引き裂かれるような叫びが聞こえた。



「伯爵?!」


ガブリエルは戦いから意識を戻すと、ヴァレリアス伯を見た。


襲われたのかと思った。
だが、彼の近くに敵はいない。


しかし遠目でも思いつめた様子が分かる。


(何が…。)


伯爵を襲っていたはずのウルフマンもいない。


途中でウルフマンが去ったのは気づいていたが。

では、何が伯爵を…。



ガブリエルは伯爵の下に走り寄ろうと、最後の吸血鬼から背を向ける。



その瞬間。





「伯……っ!!???」




ガブリエルの背中に激痛が走った。



「な…!?」


油断した。

まだ、生きていたのか。



そう思いながらも、ガブリエルの身体から意識は急激に薄れていった。




その身体を一人の吸血鬼が受け止めた。



その吸血鬼はガブリエルの身体を担ぎ上げると、命令に忠実に行動した。




ガブリエルの血と、毒の付いたナイフを床に捨てて。



##########


「ぐわああ!!」

「ギャア!!」


激闘の末、ハロルドとダスティはそれぞれ相手の吸血鬼を倒した。


「くそ…っ、半端じゃねえな…!」

「これほどとは…ガブリエルがいなければ…。」



ガブリエルの戦いぶりは、自分の事で精一杯だったためにはっきりとは眼にしてはいなかったが。
自分たちが一人に集中できたのはガブリエルが大方の敵をすべて引き受けてくれたおかげだった。

しかも自分たちが一対一でなんとか倒した相手数十人をたった一人で、全て、である。



「…ガブリエルは…?」


「!」


そこまで思い至りやっと気づいた。



彼がいない。


「しまった!!」

「一体…。一人で敵のところに向かっていったのか?!」




「いや…違う。」


重い声にハロルドとダスティは顔を向けた。


そこに、正気に戻ったのヴァレリアス伯がいた。

彼はガブリエルがさらわれてから程なく正気を取り戻していた。
そしていち早く彼がいないのに気づき。


吸血鬼たちが血だけを残して、消え去っているのに気づき。



そしてそのどす黒い血の海の中で…一本、鮮やかな色の血をしたたらせたナイフが落ちているのに気づく。



伯爵は、そのナイフで全てを察した。
自分が不覚にも正気を失った間の事を。


そのナイフに見覚えがあったからだ。


「伯爵!アンタも無事か?!」

「ガブリエルはどこです?!」



「…ガブリエル様は…連れ去られた。…きっと場所は…。」



伯爵は、自分の忠実な執事の愛用品だったナイフを握り締めた。




#########


「よくやったな…クロムウェル…。」


「光栄です、ご主人様。」


「く…っ…。」

そこはヴラディスラウスの部屋。
攫われたガブリエルは、早くも意識を取り戻していたが。


既にその時、身体は壁の鎖によって自由を奪われていた。


立った状態で、四肢は数十センチ程度の鎖で繋がれ。
身体の力は特殊な毒物によって奪われていた。



「…ヴラディスラウス…!!」


刺すような視線をガブリエルは浴びせるが。
ヴラディスラウスは愛おしげに微笑んだ。


「ヴラディス、と呼んではくれぬのか?愛しい友よ。」


ヴラディスラウスはゆっくりとガブリエルに近付くと、その頬に手を寄せた。
冷たい手だった。


「…んっ…。」

そのままガブリエルの唇に口付ける。


冷たい…だが、変わらないヴラディスラウスの唇にガブリエルは凍らせていた気持ちをまた押さえつける。



「クロムウェル。」


「はい、ご主人様。」


忠実なる執事は主人の言いつけに従い、部屋を出る。



「……。」


二人きりになると、ヴラディスラウスは再度ガブリエルに口付けた。




「んぅ…っ!…ん……。」




今度はむさぼるように喰らい尽くすように深く深く。




「やっと…会えたな…愛しい…愛しいガブリエル…。」



あの頃のように、情熱に満ちた眼差しを向けた。





「…ヴラディス…。」



あの時と同じ この部屋で。



                           To be Continued…


やっとちゃんと再会しました、伯爵とガブリエル。
次は…さて、どうなることやら。

8月が無理でも9月中には2部完結したいですね…。



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