彼方へ
第二部
8
天の階段をゆるりと金の影が上がっていた。
大天使ミカエル。全ての天使の上にあり神に最も近き存在。
流れる水のような金色の髪、まさに彫像のような純白の肌、空色の瞳。
決して変わることのない忠誠の如く象られた顔形。
彼は今自らの、そして世界全ての主のもとを訪れようとしていた。
親友が戦場に赴き、任務を開始したことを伝えに。
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「ミカエル、参りました。」
接見の間に入り、ミカエルは跪いた。
そしてその顔を上げたとき…不愉快な顔が視界に入ったのに気づく。
神の眼と忠実なる使役の天使…ラグエルだ。
だが今はラグエルに気を払う必要はない。
ミカエルは御主に向かうと、報告した。
「大天使ガブリエルが彼の地に向かいました。」
御主はわずかに間をおくと、厳かに答える。
『よろしい。此度こそ…堕つる者への制裁と贖罪を。』
「はっ。」
改めてミカエルは御主に頭をたれた。
その時…ミカエルにとって不愉快な者が口を挟んだ。
「ガブリエル様は此度こそ必ず成し遂げるのでしょうな?」
それは確認の形をとった疑問だった。
ラグエルは、ガブリエルが任を果たせると信じていない。
むしろ疑うことは彼にとって重要な任務のひとつではあるが…。
「疑念」という天使には簡単に許されることのない特権は、愉快なものではない。
大切な親友が疑われるのであれば尚更だ。
「無論。」
ミカエルははっきりと答えた。
ガブリエルは分かっているはずだ。
天使である身を…その名誉を。
そしてその責任を。
その理解があれば、やり遂げられる。
たとえ許されぬ情を傾けた相手だとしても。
彼は天使なのだから…。
ミカエルはそう信じた。
信じたかった。
「そうでしょうか?」
だが、ラグエルはミカエルの言葉を再度跳ね除ける。
「何ゆえに…そなたは我が言に否と?」
「言ゆえでございます。
ミカエル様はまだ ガブリエル様が一人で事を成すと 言の葉に出されてはおりません。」
言の葉…。
天使のそれは力を込めることで自らも縛る言霊だ。
ラグエルは、ガブリエルが他の天使の手助けを受けずに戦う事を…罪を償うことを誓わせようとしているのだ。
それは当然の事ともいえただろう。
天使の失態はその天使自身で償わなければならない。
人の罪を償うのが人であるように…。
大天使ともなればその掟はさらに絶対的なものとなる。
今、ガブリエルのするべきことは、ルシフェルの力により吸血鬼に転生したとはいえ、人間であったあの男を倒すことだ。
それならば大天使一人の力でも十二分に発揮できるだろう。
だが、そうだとしても…。
「…言の葉に出さずともガブリエルは成しえよう。」
もしも…兄が現れることがあれば…。
その時に何もできなくなれば…。
親友なんだ、ガブリエルは…。
親友なのに…。
「それでは言の葉に出してもかまわないのではありませぬか?」
『ミカエル。』
「はっ…。」
ラグエルとミカエルのやりとりを聞いていた御主は、言った。
『例に従い言の葉を持たすがよい。』
『わが左に立つものが償えぬはずはない。
そうだな?』
御主の言葉が重く重く響く。
その言葉は、重く重くミカエルにのしかかった。
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「…ガブリエル様…。」
ガブリエル達が天使の言の葉を感じ取ったのはトランシルヴァニアへ向かう街道だった。
「…そうか…。」
ガブリエルにとっては予想していたことだった。
過去の例に従えば…当然ともいえる処置だ。
ガブリエルは空を見上げた。
親友を思い、自らの主を思った。
そしてこのときはまだ信じることが出来た。
主のもとに、親友のもとに帰る日の事を。
To be Continued…。
完全に前回と分解した話になりました、第8話です。今回もオリキャラ話。(苦笑)
地上の話…特に聖騎士団の話の続きは次になります。
ここ、場合によっては改訂するかもしれません。
多少重要な箇所なんですが…。
とりあえずガブリエル、天界の仲間の力は切り離されました。
さてどうなる?(おい)