彼方へ
第二部
9
星が落ちてきそうな空だな、と思いながら。
目的の場所へ向かった。
「ガブリエル、少しよろしいですか?」
「ハロルド。」
一人火の番をするガブリエルに声をかけたのは、ハロルドだった。
「まだ交代の時間には早いが…?」
「ええ…少しあなたとお話したい事がありまして。
…?ヨフィエル殿はどうなさったのですか?」
ハロルドは彼に忠実な従者の姿が見えないのに気付く。
先程まではガブリエルに付き従っていたはずなのに。
「彼は先に目的地に向かった。斥候を頼んでね…。」
「斥候?この時点で…ですか?」
そのような話は聞いていない。
「それで、話とは?」
しかしガブリエルはハロルドの疑問に答える気はないと言外で伝えた。
「…はい。」
常のハロルドならば、疑問をそのままにしておくことはなかっただろう。
だが、ハロルドはガブリエルからそれ以上聞き出す事はしなかった。
ガブリエルを既に信じていい存在だと思っていたから。
それに。
「マルク…マリーの事、礼を言います。」
「礼を言われる事をした覚えはないよ。
彼女はこの戦いには向かない。私の益にはならない…それだけの事だ。」
「そうですか。ですがありがとうございました。」
ハロルドは率直な礼を言い、ガブリエルに微笑んだ。
その様子に、ガブリエルも可笑し気に笑んだ。
「真正直な人間だな、君は。」
「ええ、よく言われます。」
「そうだろうな。君はこれからもそうして真摯に彼女を愛していくのだろう…。
よい事だ。」
「…そうでしょうか…。」
口元に薄く笑みを浮かべ二人の愛を肯定する姿に、
ハロルドはひとつ、息をついた。
「神に仕える者を奪った…としても?」
ぴく、とガブリエルの手が止まった。
「…私などに聞かせてもいいのか。」
「聞いてもらいたい…のかもしれません。」
「そうか…。」
ガブリエルは何も言わずに、自分の横に座るようすすめた。
「…ありがとうございます。ガブリエル。」
ハロルドはゆっくりと語りだした。
神に仕えるべき修道女を愛した自分を。
その罪を。
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「私は…罪深い男です。
神の為に戦う身でありながら…神のものを奪った…。
そして…夫としても…妻を危険にさらしている…子どもも守れずに…。」
「……。」
ハロルドとマリーの話を、ガブリエルはただ聞いていた。
神に仕えた修道女を愛し、愛のままに彼女を包み込んだハロルド。
そして愛した人に心から愛された…だが、神のものであるはずのマリー。
ハロルドは、愛したことを悔いてはいないだろう。
だが…愛したのに何も守れなかった自分を誰よりも厭うているのだ。
ガブリエルは、無言でワインの入った杯をハロルドに渡した。
ハロルドは軽く礼を言って、杯を受け取った。
一口含み、また話した。
「軽蔑しますか…私を…彼女を。」
「人が…人を愛することを何故罪と言える?」
その言葉に、ハロルドは苦笑する。
ああ、この人は思ったとおりの答えを返してくれる。
「神にそむいて人を愛すること…それは罪と、人は言うでしょう。
事実私たちは…罪を贖うべく生きている。
それでも、貴方はそういってくださるのですか?」
ガブリエルは、自らの杯にもワインをいれながら答えた。
「…私が諌めることを望むのか、ハロルド?」
「……そうかもしれませんね…。」
我ながら卑怯な言い回しをする、とハロルドは思った。
ガブリエルは注いだワインをのどに流すと、ふっと息をついて。
答えた。
「それでも…罪であっても…今の私にはそれをただ罪と決めることはしたくない。
したくは…ないんだ。」
「ガブリエル?」
自分のこの考えは罪だろう。
ガブリエルは思った。
愛したゆえに堕ちた彼を…今、倒しに行こうというのに。
だが、今の自分はまだ…自分を想った彼を罪人と言うことができない。
「ガブリエル…もしや貴方も…?」
「いや…なんでもない。
だが…私には君を罪人と諌めることなどできない。
正しい、とは言えなくとも。
全て誤りであるとも言わない。」
「ガブリエル…?」
「正しいことだけが全てではない…そう私は思う…よ。
…君の望みに応じられなくてすまないな。」
ガブリエルは悲しげに微笑むと、空を見上げた。
それでももうすぐ、彼のもとにたどり着く。
殺すために。
「正しいこと」を成す為に。
To be Continued…
久方ぶりの続編です。
今回はガブリエルとハロルドの語り合い。
う〜ん、ハロルド思ったより弱くなってるな。
でも強い大人の人なんですけどね、ホントに。
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