彼方へ
第二部
10
「う…。」
かすかに声を出した後、はっと眼を覚ます。
マルク・ロッドはその瞬間に自分の居場所を確認した。
ここは、ヴァチカン…マルクの寝所だった。
マルクは、わけも分からず記憶をたどり、何が起こったのかを把握しようとした。
「あ…。」
そして、思い出した。
(私は…あの男に叫んで…非難したんだった…。
それで、あの男は私の額に触れた…。)
覚えているのはそこまでだった。
それだけで、自分は意識を失ったのか。
だが…あの男…ガブリエルがわざと自分の意識を失わせたのは間違いない。
(何のつもりで…。いや…それよりも。)
今は、一体いつだ?
意識を失っていた時間を図ることはできない、だが…。
太陽は既に西に傾いている。
出立の時間はどう考えても過ぎているはずだ。
(ハロルド…ダスティ…。)
大切な仲間、そしてあの男たち。
時間は過ぎ、ハロルド達の気配もない。
そして自分は今、ここにいる。
ならば…結論はひとつ。
(私は…任をはずされたのか?)
マルクは愕然とする。
確かに、強く拒否した。
わが子を殺す貴族に加担するなど…と。
吐き出した。
それだけで、理由は明らかだった。
(…足手まとい…だ。私は…。)
ふらり、と部屋の外に出る。
(ハロルド…!)
戦場に出た夫を思いながら。
########
他の騎士団とは少しはなれた場所にある、自分の部屋を出て呆然と歩いていると。
マルクは、普段近づかない場所にきていることに気づいた。
そこは…言うなれば客間…。
ヴァチカンに招いた外部の人間のための場所だった。
騎士団の人間…つまり、ヴァチカンの内部深くにて存在を隠されている自分がいていい場所ではない。
(いけない…早急に戻らなければ。)
ふ、と踵を返そうとした、瞬間。
視界に、部屋のひとつの窓が入った。
そこには…一人の女性がいた。
この場所にいるなら、ヴァチカンの客人だろう。
本来ならその程度のこと、気にするまでもなかった。
だが、彼女はマルクの意識を大きく傾かせた。
それは…彼女が母親だったからだ。
「あ…。」
身重の彼女の姿は、かつての自分…マリーだったころの自分を思い出させた。
そして、わが子の姿を胸の中によみがえらせた。
(…エリック…。)
「どなた?」
「!」
気づいた時、部屋の主の女性は部屋を出て、マルクの目の前に現れていた。
女性は、騎士の姿のマルクを見て、驚いた目で見つめた。
そして彼女には、マルクの身分がすぐに分かった。
父も…そして…あの人も似た鎧を身に着けていたからだ。
聖なる防具。
魔を防ぐ儀式を施されたものだった。
それを身に着けることが許されているのは。
「…聖騎士団の方…ですね?」
「!!」
今度はマルクが驚く番だった。
何故、この貴族の女性が自分たちの存在を知っているのか。
マルクは質問しようとしたが。
聞く前に女性が言った言葉で、すぐに合点がいった。
「…不躾で申し訳ございませんが…父はもう出立したのでしょうか?」
女性の名前はアンナ・ベル・バートラヌ。
ヴァレリアス伯爵の娘だった。
########
騎士団と客人が廊下で堂々と話しているわけにもいかず。
アンナ・ベルはマルクを部屋に招きいれた。
未亡人とはいえ既婚の女性であるアンナ・ベルが、「男」のマルクを部屋に入れることは、
端から見れば気がとがめるべきことだったのだろうが。
そのときの二人が気にすることではなかったのだろう。
「…そうですか、父はもう…。」
「はい。トランシルヴァニアのヴァレリアス城へ…。
ご子息の罪を正しに。」
最後の一言は、マルクにとっては皮肉以外なにものでもなかった。
彼女も、罪を犯した兄を殺すことを当然のことのように思っているのだろう。
どこかでそう決め付けていた。
しかし。
アンナ・ベルは眉をひそめただけで何も答えなかった。
その様子には、哀しげな決意が見えた。
そしてマルクは、その姿を見て…聞かずにはいられなかった。
「貴女も…兄上を許せませんか?」
その不躾ともとれる質問に、アンナ・ベルは一瞬眼を見開いた。
だが、次の瞬間には元の哀しげな表情に戻る。
「私は…兄には…できることなら…許されるなら生きていて欲しかった…。」
アンナ・ベルは静かに…答えた。
兄が罪を犯してから、かなうはずもなかった、閉ざされた望み。
彼女は何故 目の前の…初対面の騎士にこの話をできたのか。
彼女自身にも、分からなかった。
だがマルクは、その後ずっとこのときの事を忘れることは出来なかった。
ヴァチカンで一人の女性と出会い そして別れたことを。
To be Continued…
久しぶりのVH長編です!
とある方に更新するって言ってから数日…おいおいいい加減にしろよ自分。
多分1ヵ月半以上すすんでなかったかと…。
しかもまたオリキャラばっかだし!!
でもでも、次かその次あたりにV氏とG氏が再会します…。今度は確実に!!
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