誰もいない 誰もいない 誰もいない
それが私の人生だった
彼方へ
2
「聞いているのか?ヴラディスラウス。」
トランシルバニアの領主ヴァレリアス家の居間。
当主ヴァレリアス伯はぼんやりと窓の外を見る息子に声をかけた。
「ああ…聞いていますよ父上。
新年から客人を招く事になったということでしょう?」
「よろしい。だが肝心なのはここからだ。
客人はフランスの公爵家の縁の方だそうだ。
何分丁重に迎えるように。」
当主の言葉に、同じ部屋に居た奥方は声を高く上げる。
「まあ、公爵家の…!!
気を悪くされないよう精一杯のおもてなしをさせていただきますわ。
ねえ、ラドゥラス?」
「はい、母上。」
奥方は傍に居た息子…自分と同じ美しい金髪の青年にのみ話しかける。
この場では、それが当然だった。
当然のものとされていたのだ。
長い間。
奥方エリディアは長男ヴラディスラウスを厭い。
次男ラドゥラスを溺愛した。
理由は、大したことではなかった。
少なくとも周りのものから見れば。
しかし当事者たちはそんなことを気にかけることすら億劫になりかけていた。
そう思い込んでいた。
「それで、どのような方なのですか?」
「兄上、先程の説明を聞いておられなかったのですか?
公爵家の方と父上から説明があったではありませんか。」
「…位だけが来るのならそれでもいいがね。」
あまりにも愚かな弟の口出しに、兄は一言だけ皮肉を漏らし、父に視線を向けた。
父は呆れた様子を見せることもなく。
この次男がどういう性格なのか熟知していたから。
長男の言葉に答えた。
「30に届くか届かないかと言ったところだろう。
なかなか精悍な体つきで長身の、整った顔立ちの男性だと言う話だ。」
「ほう、随分と若い。ご家族はお連れではないのですか?」
「ああ、独身とのことだ。
名は…ガブリエル・ド・クリスタと言われるそうだ。」
「へえ…。」
ヴラディスラウスはふ、と口の端をあげた。
もしかすると、自分の好奇心に釘を刺しに天使(ガブリエル)が釘を刺しにきたのかもしれない。
そんな風に冗談のように思った。
だが、自分には特に興味のない話だ。
気位の高い貴族が一人城を訪れる。
そんな相手は、やりたがっている母たちにやらせればよい。
そう思った。
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「初めまして。ヴァレリアス伯。ガブリエル・ド・クリスタと申します。
このたびは無理な頼みを聞き入れてくださり、真に感謝しています。」
年が明けて3日。
かねてより伝えられていた客人が姿を現した。
長身で、黒い外套に身を包んだその姿は、確かに公爵家にふさわしく高貴といえる気品があった。
「ようこそお越しいただきました。
このような田舎でたいした城ではございませんが、どうぞゆるりとご滞在ください。」
「はい、有難うございます。」
優雅な振る舞いで当主への挨拶をする男に、待ちきれないように声をかけたのは、
当主の左に居た奥方だった。
「お目にかかれて嬉しゅうございます、ガブリエル様。
私、妻のエリディアと申します。この子は息子のラドゥラスですわ。」
「初めまして、ガブリエル様。」
せわしない様子の奥方と、それにただ付き従う形の息子に、男は彼らの露骨な意図を見て取った。
しかし、このような辺境の貴族には当然の振る舞いではある。
彼は特に何も感じたそぶりも見せず、先程と同様にこやかに挨拶を交わした。
そして、ふと気づいたことを口にする。
「おや?ヴァレリアス伯の御子息はお二人と伺っていますが…。」
その言葉に、ヴァレリアス伯は困った顔を見せる。
「ええ…もう一人いますが…少し変わり者でして。」
そう、この場には今いなければならない筈の長男、ヴラディスラウスがいなかった。
この日、「お偉い貴族様」の顔を見るのも面倒だった彼は、朝早くから馬を走らせていたのだ。
「お目にかけるほどの息子ではございませんわ。
ガブリエル様のお気に障るようなことになると思いますもの。」
夫の言葉に横から入ってきたのは、奥方だった。
その言葉は、心から息子を侮辱するものだったことに、男はは心が冷えていくのを感じた。
(…なるほど。)
「私が御子息をどう思うかは私が決める事です。
…短い滞在ではないので、いずれはお目にかかりたいものですね。」
男は、やや冷ややかな声で奥方に答えた。
その時、ふと何かの気配を感じたのか。
男は口元を軽くゆるませ、正面の階段の方を見上げた。
「いえ、どうやらすぐにお目にかかれたようだ。」
そこに居たのは、いつ戻ってきていたのか。
長兄、ヴラディスラウスが階段の上から現れた。
「随分と物好きな方のようですね。」
ヴラディスラウスはコツコツと階下に足を運びながら、挑戦的な笑みを見せた。
「ええ、よく言われますよ。」
男は薄く微笑を浮かべてヴラディスラウスに答えた。
「ヴラディスラウス!どこへ行っていたのだ!!」
あからさまに無礼な様子の長男に、父は激昂した。
だが、それを特に気にした様子もなく。
ヴラディスラウスは男の前に立った。
男は笑って、言った。
「お名前を教えていただけますか?御子息。」
「ヴラディスラウス・ドラクリア・ヴァレリアスと申します。」
それは天使の運命を決めた瞬間だった。
To be continued…
やっと続きです。やっと二人が出会いました。
さてこれからだんだん仲良しになっていくのですが…。
そんな微妙な気持ちの変化を表現できるのかなあ…。
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