彼方へ






「ふう…。」
ガブリエルは寝室にと与えられた部屋で一息ついた。
自己顕示欲のすさまじい母子に囲まれての夕食は、決して居心地のいいものではない。

人間の世界に下りるたびに、少なからずは経験する事だった。
特に今回は「高貴な」人間として降りている。
いつも以上に疲労を感じても仕方のないことだった。

「それにしても…。」
ガブリエルは長男ヴラディスラウスの瞳を思い出す。
何と強く、そして暗い力に満ちている事か。

今日半日、この一家の様子を見ていれば原因は瞭然としていた。
母親の弟への偏愛。父親は愛情を表に出せず。
弟の愚かさは苛立ちを深める。

よくあること、と本人自身片付けてしまっているのも感じて取れるが。
そのような感情は片付けたつもりでも燻りとして残り続ける。
温かみを求めるのは人の、生物としての本能なのだから。

あの強い意志と高い知性を帯びた瞳。
悪魔に魅入られては…そのまま黒く染められてしまうのはあまりにも救いがない。
なんとしても…。任をまっとうすべきだ。

大天使ガブリエルは窓から空を仰ぎ、主に祈りと決意をささげた。


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その頃、ヴラディスラウスの私室では、部屋の主が読書をしていた。

「…ふん。」
不機嫌そうにそう呟くとヴラディスラウスは本を閉じた。

昼間。
前々から来ると聞いていた客人に会った。
本当は会うつもりなど全くなかったのだが。
裏門から帰宅し、顔だけでも見てみようかと正門の方に足を運んだ。

そこにいたのは、聞いていた通り端正な青年…というには少し年がいっているようだが
長身を外套に包み、柔らかく響く声が印象的で。
そのような姿が少し気になって、挨拶をしてみようかと言う気持ちになった。

そして、彼はすぐに自分に気づいてくれた。

「…何を気にしているのだ、私は…。」
否定しながらも、今日来た客人の存在が、自分の中に色濃く姿を残している。

そのことが今までにない戸惑いを彼にもたらしていた。

(答えを出すべき問いではない…。
 私には、私の…。)

二転三転思考を繰り返し。
ヴラディスラウスはその日遅くにやっと浅い眠りについた。

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翌朝。
遅く眠った割りにはすっきりと目覚めたヴラディスラウスは、ゆっくりと身をおこし。
カーテンを開けた。
昨日と同様、真っ白な風景。
そして真っ青な空が広がっていた。
冬の間はほとんど変わることのない風景。
だが、ヴラディスラウスはこの光景を好いていた。

ふと、窓の外を見ると。
昨日会った客人が見えた。

「……。」



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ガブリエルは早朝の雪原をぼんやりと眺めていた。
ただ白と青にかこまれた静寂。
このような風景は、いつ見ても心に響く。

「このような早朝に、雪の中を散歩ですか?ガブリエル様。」
突然、低い声が後ろから響いた。

ガブリエルは振り向くと、軽く微笑んだ。

「あなたも早いですね。ヴラディスラウス殿。」

「窓から貴方の姿が見えたもので…客人に風邪を召されては、と思いましてね。」
何を心にもない事を、と少し自分を哂いながら。
ヴラディスラウスはガブリエルの方に歩みを進めた。

「そうですか。申し訳ない。
 この鮮やかな光景に惹かれましてね…。」
そう言ってガブリエルはまた風景に眼を向ける。

「雪の白と空の青しかない…つまらない光景だと思いますが?」

ヴラディスラウスの言葉に、ガブリエルは少し驚いたような顔で相手を見つめた。
気を悪くしたかとヴラディスラウスは思ったが。
次の瞬間、ガブリエルはまた笑って。

言った。


「ふふ…ヴラディスラウス殿は嘘がお上手ではないようですね。」

「…!」

この言葉に、今度はヴラディスラウスが眼を見張った。

何故目の前の男はそう思うのだろう。
自分が、この光景を決して嫌ってなどいないことを。


驚いたままのヴラディスラウスに、ガブリエルは近寄ると。
軽く肩に触れた。

「さあ、そろそろ戻りましょうか。
 あなたこそお風邪を召してしまいますよ。」

そのような姿では。

「あ…。」
ヴラディスラウスは改めて自分の姿に気づいた。
寝衣とガウンの上に、コートを羽織っただけだったのだ。

「失礼…。」

「いえ。随分と急いでくださったのだと思うと嬉しいですよ。」

さあ戻りましょう。と手を差し伸べたガブリエルの姿に。
無意識のうちに手を伸ばしていた事を、ヴラディスラウス自身なかなか気づけなかった。


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「ミカエル様…。いかがなされましたか?」

「いや、なんでもない。
 ガブリエルは…ヴァレリアス家に入ったようだな。」

「はい。先日ガブリエル様より思念が届いております。」

「そうか…ならいいが。」

小さな胸騒ぎが収まらない。
ミカエルはガブリエルが降りると聞いた時からずっとそうだった。

大天使と言えど未来は分からない。
そのことをこれほど歯がゆく感じたことはなかった。

(ガブリエル…。)
大切な友人。大切な仲間。そして…。

ミカエルの思いは。
現実となる運命を余儀なくされていた。



                                    To be Continued…



いやいや、今回は早かったですね。3話目。
伯爵が乙女になってますよ〜〜。いずれは鬼畜になるんだけどね。
今の所はまだ出逢ったばかりなのでガブリエルがリード。
これからばしばし揺れ動いていただきましょう。


…にしても完璧別人やな。うちのヘルシング。(T▽T;)
このお貴族様からどうやったらヒュー氏の野性的ヴァンパイアハンターが出て来るんだか…。


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