彼方へ




28


「これは…!」

地上のヴァレリアス城へ降り立ったガブリエルの目に入ったのは。
明らかに闇に満ちた渦。
あの渦は前にも見たことがある。


「…間違いない…ヴラディスは…。」

そこまで呟くと、ガブリエルは急いで城に入った。

あの渦が現れているということは、もう時間はない。

自分が最も力を発揮できる月の巡りまではあと数十分あるが…。
待ってはいられないのだ。


ガブリエルが門に入ろうとしたその時。

「ガブリエル様!」

耳慣れた声が聞こえた。

「ヨフィエル?!何故ここに…。」
「ミカエル様の命で追って参りました。
 私も、お供を…!」

「ヨフィエル…。だが、これは私に課せられた任だ…。
 一人で行かせて欲しい。」

彼は忠実な部下だ。
だからこそ、今は一緒には行けない。

ルシフェルが来るのであれば、ガブリエルの全力をもってしても退かせることは難しい。
そうなれば、ヨフィエルの安全の保障などできない。

それに…。


「これは、私がするべきことなんだ。頼む…ヨフィエル…。」


ヨフィエルは、主人の言葉に、一息ついた。
この天使は誰よりも優しい…そんなこと、最初から分かっていたのだ。
だから、最初から断られることも分かっていたのだ。


だがヨフィエルはせめて、彼の役に立ちたかった。


「わかりました…ではガブリエル様、私はヴァレリアス家の人間の救助にあたります。
 …よろしいですね。」

多分、自分の出来ることはこれくらいだった。

ガブリエルはその言葉に、優しく笑った。


「…すまない。頼んだぞ。」



「御意に。」


そしてヨフィエルは地下に。


ガブリエルは…ヴラディスラウスの元に走った。



#############





「ヴラディス!!」




魔法陣の描かれたテラス。
そこには彼の母と弟の変わり果てた姿と…。


彼が、いた。



彼はゆっくりと振り向いた。



「やあ、ガブリエル。」


彼はいとおしそうに…ガブリエルを見つめた。



「ヴラディス…。」


ガブリエルは悲しみを隠せなかった。


「おや…泣きそうな顔をしているのだな…?
 
 誰に苛められたのだ?」

ヴラディスラウスは泣く子をあやす様にガブリエルに近づき、その頬に触れた。


「ヴラディス…どうして…こんな…。」

ガブリエルは今更と思っても聞かずにはいられなかった。
なぜ…ここまで悪魔に魅かれたのだ。
なぜここに来るまでに…私に…友であったはずの私に言わなかったのだ…。

「何故こんなことを…!!」


ヴラディスラウスはガブリエルの言葉に苦笑する。


「何故…か。やはり残酷だなお前は…。」


「…!」


ヴラディスラウスは、瞳に悲しげな色を見せた。

「何度も言ったはずだ、ガブリエル。
 私はお前を愛している…誰にも渡したくはない。」


「…それは…。」


「だがお前は…アナを…妹を選んだ…。」



「?!」

ガブリエルは突然考えてもいなかった事を言われ、困惑した。


「私が…アナを…?」


「ふん…今更隠し立てをすることもないだろう?
 子を成し…結婚まで決めたそうじゃないか?」

(何を言っているのだ?私が、アナと?)


ガブリエルはヴラディスラウスの誤解を知らなかった。

何故、アンナ・ベルは誤解を解かなかった?
ミカエルもいたはずなのに何故?


「違う!アナの子供は…!!」

声を上げるガブリエルを、ヴラディスラウスは片手をあげて制した。


「もう今更だろう。後戻りはできない。
 なあ、ガブリエル?」



「…!!」



ヴラディスラウスの言うことは酷なほどに真実だった。
もう、後戻りは出来ない。

彼の罪は明らかであり…もう、すぐそばまで「かれ」が近づいている。
 
ガブリエルがとるべき行動は、ひとつしか残されていなかった。


「ガブリエル……もう大丈夫だ。
 もうすぐお前は私だけのものになる。
 もう誰にも邪魔されることなく…。
 誰にも…誰にも…渡しはしない…。」



「…ヴラディス……。」
ガブリエルは一筋、涙をこぼした。



悪魔を呼び出すまでに…ここまでに彼を行動させたのは…自分であったと。

たとえ…「かれ」の目的があったとしても…。

「さあ、おいで。ガブリエル…。」


こぼれる涙をそのままに、ガブリエルはヴラディスラウスのもとに近づいた。



渦が近づいてくる。

風が強くなっていく。


嵐のようなその風の中。


ヴラディスラウスはガブリエルに口付けた。





愛してると、言葉よりも純粋な想いをこめて。






ガブリエルはその口付けに初めて応えた。


「ヴラディス…愛してる…。」




伝えよう、ひとつの真実を。







だから。




どうか許して。






ドスッ





「!」




気づくと、ガブリエルの手に現れた剣が、ヴラディスラウスの身体を貫いていた。







ずるりと、ヴラディスラウスの身体が倒れていく。




見開いた目は、目の前の人物を見据えた。


「ガブ…リエル……。」



薄れるヴラディスラウスの視界に、ガブリエルと…その背中に羽根が見えた。





その瞬間。





風が一際強く、吹いた。




                           


                                To be Continued…



ちょこっと書き加えました。
どうも抜けてたことが多かったし…。
すみませんです。




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