彼方へ  




キィン

「はっ!」
「…っ!!」

小気味のいい剣の音が響く。
ここはヴァレリアス家の闘技所だった。
貴族といえどこの山中ではいつ何があってもおかしくないため、
ヴァレリアス家においては一週間おきに父と二人の息子が剣の訓練に励んでいた。

今は父ヴァレリアス伯とヴラディスラウスの番だった。
ヴラディスラウスの剣は隙がなく、父のヴァレリアス伯はおされ気味の様子だった。

その時、客人であるガブリエルが闘技所に姿を現した。

客人の姿をいち早く確認したのは、順番待ちの次男、ラドゥラスだった。

「おや、ガブリエル様。」
「こんにちは、ラドゥラス殿。
 今日は随分と熱が入っていますな。」

ガブリエルはゆったりとした物腰でラドゥラスの隣に腰掛けた。

「ええ。次は私と兄ですが…。
 あの鬼気迫る様子を見ていると、本気で斬られないかと心配ですよ。」
「ははは、確かにあの様子では斬られそうですね。」

「聞こえているぞ、ガブリエル。」

突然上からひびく声に二人は一瞬固まる。

どうやら父との試合が終わったようだ。
ヴァレリアス伯が立ち上がっている様子を見ると、ヴラディスラウスに軍配はあがったらしい。

「そんなに心配なら私と立ち合ったらどうだ?
 剣なら余っているぞ?」
眉を寄せながらにっこりと笑うヴラディスラウスは、怒っていながらも、口調が楽しげだった。

「悪かった。遠慮させてくれ。」
ガブリエルは苦笑しながら短く謝罪して断った。

ガブリエルがこの城に来訪してから数回目の訓練になるが、ガブリエルは一度も参加しようとはしていなかった。
おそらく、剣があまり得意ではないのだろうとヴラディスラウスを含め周囲のものはそう感じていた。

「全く。その立派な体躯が泣くぞ?」
「おや、私は常に身体と相談して選択しているのだがな。」
「その議論はお前の願望にいつも圧されているようだな。」

「失礼だな、ちゃんと身体の言う事も聞いているぞ?」

「聞くだけだろう?」

談笑しあう二人は、とても仲がよさ気だった。
ヴァレリアス伯は、久しぶりに見る息子の楽しげな笑顔に注意する事も忘れ微笑ましく眺めていた。

しかし、忘れていない者もすぐ傍にいた。

「兄上!ガブリエル様は公爵家の方ですぞ?
 そのように軽々しく口をきいては失礼ではありませぬか!」
ガブリエルの横ですっかり忘れられたように談笑されるのは、ラドゥラスにとって愉快なはずはなかった。

「ラドゥラス殿…私は気にしてはいませんが。」
ガブリエルは言う事を聞かない子どもを困ったように見るような視線でラドゥラスに言った。

「いいえ!ガブリエル様がそのように許されるから兄は増長するのです!
 母上もそう言われていました!」

母上も、その言葉にヴラディスラウスは大きく息をついた。

「…ラドゥラス…。」
この弟はどこまで愚かで子どもなのだろう。
もう30にも達しようと言うのに…いつまでも母の言葉しか知らない。
そんな弟が、ガブリエルに自分について意見することに言いようのない嫌悪を感じていた。


「ヴラディスラウス。ラドゥラス。
 話はそこまでにしておくがよい。次の立合いはお前たちだ。」


父親の言葉に、ヴラディスラウスは少なくともこの場の怒りを納めた。
怒りという感情に流されては、この立合いに勝てない。
ラドゥラスは愚かではあるが、剣の腕は確かであり、ヴラディスラウスと互角以上の腕前を持っていた。

それにガブリエルの前では負けたくはない。


ヴラディスラウスは剣を握りなおすと、中央に向かった。


############

一方、ラドゥラスは兄の大きくついた息に、
自分を侮蔑する気持ちが込められていた事を敏感に察していた。

ラドゥラスは、自分が他人に与える痛みは知らずとも、与えられた痛みには鋭かった。
だから、兄ヴラディスラウスを嫌っていた。
自分を愛してやむ事のない母の言葉もあったが。
いつも自分を見下げているヴラディスラウスが大嫌いだったのだ。

見下げられる原因が自分にあることなどは考えもしなかったが。

だから、この立ち合いで兄になんらかの報復を加えようと思った。
そのために…。


そしてラドゥラスも剣を握り。

中央へと歩みを寄せた。


##############

「はじめ!!」

「はーーーーっ!!」
最初に動いたのはラドゥラスだった。
鋭い突きを繰り出し、先制攻撃に出た。

「くっ!」
ヴラディスラウスは突きを流し、ラドゥラスに剣を振るう。

ギィイイン

ラドゥラスはリストで剣を動かし、ヴラディスラウスの剣を受けた。

「…やるな。」
「兄上…そんなにガブリエル様の前で負けたくはありませんか?」


「な…?」

ラドゥラスの言葉に、ヴラディスラウスは一瞬動きを止めた。

「は!!」
その隙にラドゥラスはヴラディスラウスの剣を押しのけ、一度後退する。

ラドゥラスはうっすらと笑った。

「そうですか…。やはり。」

ヴラディスラウスは一瞬動揺してしまった自分に驚いた。
ガブリエルの前で負けたくない。それは確かにそうだった。
できたばかりの親友の前で格好悪いところは見せたくない、と。
年に似合わないことと自分でも思うが、確かにそう思っていた。

それを何故自分は動揺しているのだろうか?


それは、ラドゥラスの声に持たされた含み。


「はっ!」
再度ラドゥラスの攻撃が来る。
今度はなぎ払う暇もなく、ヴラディスラウスはそのままラドゥラスの剣を受けた。

「ラドゥラス…何の話だ?」
「貴方らしくもないですね、兄上。
 あなたは…倫ならぬ想いを抱いているのではないですか?」

ラドゥラスの言葉は強くヴラディスラウスの心を揺るがせた。

「何故…。」

「私にはそう見えますが…ね?!」

ガッ




鈍い音がしたかと思うと、ラドゥスが転倒する。

つばぜり合いに負けたのではない。
ヴラディスラウスがラドゥラスの鳩尾に拳を叩き込んだのだ。




「ぐ…っ!!」

そして、ヴラディスラスは倒れたラドゥラスの身体に剣を突きたてようとする。
その眼は狂気に彩られていた。


「ヴラディスラウス!!何を…!」



「や、やめ…。」
ラドゥラスは命の危険を本能で感じ、兄に命乞いをした。
しかし、ヴラディスラウスを正気に戻す事はかなわず。





「黙れ。」
凍るような冷ややかな声。
そして、ヴラディスラウスが剣を突きたてんと逆手に振り下ろしたとき。





ギィイイン








高い音と共に、ヴラディスラウスの剣が弾き飛ばされた。


「…ヴラディス。冗談が過ぎるぞ。」

ガブリエルだった。
誰に気配を感じさせることもなく、いつの間にかヴラディスラウスの至近距離に移動し、
恐ろしいともいえる速さで刃を閃かせヴラディスラウスの剣をなぎ払ったのだ。


「ガブリエル…。」

だが、その行動を驚く余裕はヴラディスラウスにはなかった。


自分は今ガブリエルの前で何をしようとした?

弟を、殺そうとしたのだ。

優しい彼の目の前で。


「……っ!」

そう思ったとき、ヴラディスラウスの胸をあまりにも切ない疼きが襲った。

「ヴラディス?」

ヴラディスラウスは、熱に浮かされたように闘技所の出口へ向かった。

「すまない…。 
 しばらく、一人にしてはくれないか?」

それだけ言うと、ヴラディスラウスはふらふらとその場を去っていった。



ガブリエルは、その背中をただ見つめていた。


###############


「…っ…ぅ…。」
ヴラディスラウスは自室に戻り、寝室に向かうと寝床に顔をうずめた。

気づいてしまった。
初めて感じる、熱く切なく、甘い想い。
自分は愛しているのだ。


あの存在を。

それはヴラディスラウスに戸惑いを、困惑を与えていた。
だが、それにも勝る欲望が自分の中に渦巻いているのを感じた。


愛している


美しいガブリエル…


月が、満ちていた。



                                  To be continued…


 


いー加減な剣技まじりの第5話です。VHゲームで動くヘルシングがかっこいーんでついアクションもどきを…。
ラドゥラスはなんつーか、悪知恵というか嫌なとこで勘が働くと言うか、頭がよくなっちゃうんですね。
嫌がらせが好きだけど責任は取れないという典型的小悪党です。
だからそれにふさわしく暴走していただこうかと(笑)
ヴラディス氏は今回パニくってますが次の朝には開き直りそうですね。

次回も早めにかけるよう頑張ります

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