彼方へ





翌朝。

朝食の場に訪れたガブリエルは、この城の二人の息子が来ていない事に気づく。
最も、普段から気まぐれなヴラディスラウスが定時に朝食に来る事は少なかったが。
ある意味生真面目な弟のラドゥラスもこの場にいないことが少なからず気になった。

昨日の出来事から、まだ立ち直れて居ないのか。

おそらく、二人ともそうなのだろう。

ヴラディスラウスは弟を殺そうとした自らの殺気に。
ラドゥラスは直に感じた兄の憎しみに。

何も感じずにはいられまい。


そう思いながら、既に席についていた二人の父、ヴァレリアス伯爵と母、エリディアに挨拶をした。

「おはようございます。伯爵。
 奥方様もご機嫌麗しく。」

「ガブリエル様。今日もお早いですな。」

「おはようございますガブリエル様。
 昨日はヴラディスラウスが申し訳ございませんでした!」
エリディアの声に、ガブリエルはまたか、と気が重くなるのを感じた。

昨日の出来事はさぞ息子への悪口のネタになるのだろう。

「昔からあの子は人として欠落した所があると思っていましたのよ。
 弟を殺そうとするなんて、なんということでしょう!!
 あのような子にこの家を継がせるなどできるはずもありませんわ。
 ねえ、あなた!!」

話は家督の継承に及んでいた。
この女性の言いたかった事はもとからそうだったのだろう。
「公爵家の者」が彼の奇行の証人になればそれだけ彼女の思うとおりに事が進む。
最も、それは彼女の幻想に終わっている事はガブリエルにはよく分かっていた。
だから、これ以上彼女の話を聞き続ける必要を感じなかった。

今必要な事は、むしろ…。

「ああ、奥方様。
 お話し相手が私だけでは、この場もあまり盛り上がりませんね。
 私がご子息を呼んできましょう。
 焦燥しておられるかもしれませんので、貴女様が慰めて差し上げてはいかがですか?
 母である貴女様にしかできないことなのですから。」
にっこりと笑うガブリエルの表情は、美麗と呼ぶにふさわしかった。

その笑顔に、女性が悪い気がするはずもなく。
微かの頬を染めて、エリディアはガブリエルに会釈した。

彼の言葉の中にある皮肉にも気づかずに。


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ガブリエルは、ああ言ったもののラドゥラスの元に行く気にはあまりなれなかった。
少し声をかければいい。
それより、ヴラディスラウスの方がガブリエルには重要だった。

今のガブリエルは任務としての意識が先行している。
自分ではそう思っていた。


「おはようございます。ガブリエル様。」

突然の声に、ガブリエルは現実に意識を戻した。
すると、目の前にラドゥラスがいるのに気づく。

「おはようございますラドゥラス殿。
 よかった。母君が心配しておられましたよ。
 お早く朝食に向かいなさるがよい。」

「そうですか、それはありがとうございます。」

「では、私は…。」

好都合だとガブリエルは思い、早くヴラディスラウスの部屋に行こうと歩みを進めた。
そして、ラドゥラスとすれ違った刹那。


「兄上が心配ですか?」

奥底であざ笑うような感情がひそむ声。
ガブリエルは驚きながらも、そのことに気づかないフリをして答えた。

「?ええ、友人を心配しては不思議ですか?」


ラドゥラスは口元にうっすらと笑みを浮かべた。

「あなたは行かない方がよろしいでしょう。」

ガブリエルは憮然としながらも、自分にこのように話しかけてくるラドゥラスを珍しいと感じていた。
彼は何か知っているという風で。

「おや?どういうことでしょうか。ラドゥラス殿。」
それを、聞いた。



ラドゥラスは仕方がないな、と言ったふうに肩をすくめた。

「あのひとは今とても思い悩んでいる。」

ガブリエルはラドゥラスが言っている事が自分が考えている事とは違うように感じた。
だが、自己顕示欲の強い彼の言う事だ、そうでないとも言いきれない。

そう思いながら、ガブリエルは次の言葉を待っていた。



すると、満を辞して、とでもいうように一際高く。
ラドゥラスは言った。



「そう、あなたへの倫ならぬ想いにね。」



「…!?」



驚愕する。

何を言っているのだ?彼は。


私は今男性としてこの場に降りている。

そして彼とは友人としてよい関係を築いてきたはずだ。


この男は、私を惑わそうとしているのか。




困惑するガブリエルに、ラドゥラスは言葉を続けた。

「あの男は、不謹慎に貴方を愛したいと思っているのですよ。」


「貴方の身体を押さえつけ、衣服を剥ぎ、唇を吸って。」

「貴方の身体中に触れ、貴方の肌に痕をつけて、思いのたけをあなたに注ぎ込もうと…。」
「…いい加減にしろ。」

ガブリエルは音も立てずラドゥラスの口を手で塞ぐと、片腕でラドゥラスの身体を壁にぬいつけた。

恐ろしい力をもって。


「貴様のふしだらな頭で何を考えようと知った事ではない。
 だが、その口で私だけなら飽き足らずヴラディスをも侮辱する事は許さぬ。」

ガブリエルの表情は無といってもよかった。
いつもの柔らかな表情からは考えもつかないほどに。



「……っ!!」
ラドゥラスは恐怖におののいた。


この力は、なんだ?
この男は何者だ?!


ラドゥラスの顔を見て、ガブリエルは彼が反省…というより少なくとも今言った事を後悔しているのを感じた。

そして、力を抜いて、ラドゥラスを解放した。


「…言葉が過ぎたようですね。ラドゥラス殿。
 伯爵の子息ともあろう方がそのようなみだらな言葉を口にするものではありません。」

口調を元に戻し、しかし表情は変えずに。
その様子は、ガブリエルの怒りを十分にラドゥラスに感じ取らせた。

「も…っ申し訳ありません!!」

「…もういいです。おいきなさい。」

その言葉に、ラドゥラスは弾かれたように走り去っていった。






「…ガブリエル…。」

突然、ガブリエルの後ろから声がした。
先程の話題の主。
ヴラディスラウスだった。


「…ヴラディス…。」
ガブリエルはヴラディスラウスの気配を感じ取れて居なかった自分を悔やんだ。
先程の話を、彼は聞いていたのか。

今のヴラディスラウスの表情から、それが容易に読み取れた。


なんとも気まずそうな表情をしていたのだ。


「…聞いていたのか。今の話を。」



「……ああ。」



ヴラディスラウスは間をおいて。


ゆっくり答えた。



「だが…ラドゥラスの言う事は…真実だ。」





少し泣きそうな顔で。
だがはっきりと彼は言った。



                            To be continued…



旧年中にかけませんでした7話目です。
じつはこの時点でガブリエルが来てからもう5〜6ヶ月たっています。
それくらいにしないとちょっとつじつまあわせが難しくて…。

さて、ついに告白しちゃいましたね。
続きも頑張ります!!
いつもながら乱文で申し訳ありません…。

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