彼方へ




トランシルバニアは、7月を迎え

時は仄かに薫る風と共にすぎて、夏へと変わり。



ヴラディスラウスと、ガブリエルの二人はあの日からも以前と変わることなく。

語らい、飲み明かし、時には共に遠乗りをしたりと穏やかに時を過ごしていた。

時折ヴラディスラウスが想いを口にすることもあったが。

ガブリエルは否定せず、かといって受け入れるでもなく。

ただ、想う事を許していた。

そのことは、決してヴラディスラウスにとっていいとは言えなかったけれど。

ガブリエルの傍に居る事が今彼にとっての唯一の幸福だった。


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今日も、二人は近くの湖まで馬を走らせていた。

いつものように語り合ううちに、日が暮れてゆき。

暗くなる前に、と二人は帰途についていた。


「おや?」
もうすぐ城へたどり着くという所。
見慣れない馬車がヴァレリアス城へと向かっているのを見かけた。
すこし小高い丘で馬を止め、二人は馬車に目を留める。

「ヴラディス、あの馬車を知っているか?」
「…いや。父に客か…?」
そう思い、ヴラディスラウスは記憶をめぐらせるが、客が来ると言う話は聞いていない。

不思議に思っていると、当の馬車が止まった。

「?何だ?」

すると、扉が開き。
黒く豊かな髪の美しい女性が、黒地の多い清楚なドレスに身を包み姿を現した。


その姿に、ヴラディスラウスは驚いて、呟いた。







「…アナ?」







「アナ…?あのご婦人を知っているのか?ヴラディス。」


その疑問は、彼女が出した声で解消された。



「お兄様!ヴラディスラウス兄様ではありませんか!!
 お久しぶりです!アンナ・ベルですわ!」


彼女は、美しい顔を喜びの表情にそめて、丘に居る兄に手を振ったのだ。



「…妹君か?」

ガブリエルは驚いてヴラディスラウスに聞いた。


「ああ、腹違いのな…。」


それだけ言うと、ヴラディスラウスは丘を降り、妹のもとへ向かった。


「久しぶりだなアナ。どうしたのだ、いきなりの帰宅とは。」

「ええ…突然で申し訳ありませんわ。
 その……夫のエドワルドが先日事故で亡くなりましたの。
 それで連絡をしようと思っていました矢先に、お義母さまが…。」

「…用はないと追い出したと言うわけか…。」
ヴラディスラウスの遠慮のない物言いに、ガブリエルはたしなめる。

「ヴラディス…!そのような…。」
「いえ、よろしいのです。その通りなのですから…。
 夫の家は母の弟が継ぐことになりましたので、子も居ない私には用はないのですわ。」
彼女は、悲しそうな顔をしながらもはっきりと言った。
夫の死を悼みながらも、その現実をしっかりと受け止めている。
だが、傷つかないわけではないのだ。

「あまりご無理をなさいますな…アンナ・ベル殿。」
ガブリエルは彼女の痛みを感じていた。

夫の死、その後の容赦ない縁切り。
悲しくないわけはない。
だからこそ彼女は黒いドレスに身を包み、夫の喪に服すのだろう。


「…ガブリエルは優しいからな。」
ヴラディスはそんな愛しい人を見て、少し微笑んだ。

初めて見る兄の柔らかい笑みに、アンナ・ベルは驚き。
改めて、この前に居る優しげでたくましい男性について聞いた。
「…ガブリエル様とおっしゃいますのね。
 お兄様のご友人ですか?」

「自己紹介が遅れました。
 私、今年のはじめからヴァレリアス城でお世話になっております。
 ガブリエル・ド・クリスタと申します。
 貴女のお兄様とは親しくさせていただいております。」
そう言って、ガブリエルは彼女の手を取り、軽く口付ける。

「まあ…ではお父様の言ってらした公爵家の方とは、貴方様のことでしたのね。」
彼女は驚きながらも、目の前の暖かな瞳の麗人に挨拶をした。

「私、アンナ・ベル・バートラヌと申します。
 よろしくお願いいたします。ガブリエル様。」
優雅な物腰で、アンナ・ベルはお辞儀をした。

「兄と同じく、アナ…と呼んで下さったら結構ですわ。」


「よろしくお願いします、アナ。」



二人はお互いに好意に満ちた瞳で、微笑みあった。


 
                                 To be Coneinued…。



新しい話に入りました。新キャラも登場です。
ここでなんとなく「アナ」の名前を出したのは…まあ意図的なんですけど。
映画の時期とのつながりを出したかったんですね。
それからお家断絶にしないための苦肉の策でもあります。
だからこのキャラ、前の話を書いてから考え付きました。(笑)
かなり重要キャラになるのにいいのかなあこんな付け焼刃で…今更ですが。

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