彼方へ
22
「私から逃れようなどと思うな…解っているな?」
「傍にいる…傍に…。」
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トランシルバニアの近くの雪ぶかい森に、ヴラディスラウスはいた。
「遅かったなドラクリア殿。今日の正午までに来る約束だったはずだが?」
そこにいたのは黒いローブを深くかぶった男。
「野暮用だ…申し訳ない。」
「ふん。まあいい。師から預かったものはこれだ。」
男はヴラディスラウスに小さな麻袋を手渡した。
ヴラディスラウスは笑みを浮かべる。
「ありがとう。これで完成するだろう。」
「貴殿の才能ならな。
最も…その顔では疑わしくなくもないが?」
「顔?」
「気付いていないのか?幸福に酔った顔だ。」
あの一夜から数日。
ガブリエルは身体を起こせるまで回復していた。
だがあの日の衝撃はまだおさまりはしない。
あのように激しく愛を訴えられたことは、何万年もの時を存在しながら、初めてだった。
なのに。
「…なぜそばにいない?」
呟いて、気付く。
(私は…。)
「ガブリエル様。起きておいでですか?」
ノックの音がした。
「!アナ?ああ、どうぞ。」
許しを得てアンナ・ベルが部屋に入った。
あの日からアンナ・ベルは再度ガブリエルの看病にあたっていた。
エリディアたちの誤解は解けてはおらず。
あの日から何度もガブリエルにご機嫌伺いにとガブリエルの部屋に訪れていたが、
アンナ・ベルによってとどめられていた。
そのことが更にあらぬ噂を誇張していたが、
身も心も弱った状態の彼にこれ以上苦悩の種をあたえたくはなかった。
だから、ガブリエルはヴラディスラウスが誤解していることも知らなかった。
「お食事をなさったのですね。…ようございました。」
「ええ…心配をかけましたね、アナ。」
あの日から二人はヴラディスラウスの事を今だ口に出せずに居る。
それ故に気まずい空気が流れてもいたのだが。
ガブリエルはアンナ・ベルの心遣いに感謝していた。
だが。ヴラディスラウスが戻って来た以上猶予はなかった。
たとえ心の奥がヴラディスラウスの不在に愁いを訴えていても、今は最後の機会であることは疑いがなかった。
「アナ。話が…。」
ガブリエルがゆっくりと口を開いた時。
再度ノックの音が部屋に響く。
「アンナ様、ガブリエル様にお客様が…。公爵家のお方とのことですが。」
「ガブリエル様に?」
アンナ・ベルは驚いてガブリエルを振り返る。
ガブリエルも驚いた表情をしていたため彼女は迷う。
しかし。
「…おとおししてもらえますか?」
アンナ・ベルが結論を出す前にガブリエルが答えた。
「かしこまりました。」
「失礼する。」
ガブリエルの部屋に入って来たのは美しい絹のような金髪の人物。
男性の服装を身にまとっていたが、女性にも見える。
アンナ・ベルは彼の美貌に驚異すら思いながら彼が普通の人間とは違うのをうすうすと感じていた。
一方、ガブリエルも驚きを隠せなかった。
「ミカ…エル …何故…。」
「迎えに来た。」
彼は鐘の音のような声を響かせた。
その言葉はアンナ・ベルの知らない異国の言葉だった。
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アンナ・ベルを退出させたガブリエルは親友から眼をそらした。
「御主は…ご存知なのか?」
「それは私がここに来た事か?それとも…お前が情を注がれた事か?」
「!」
ガブリエルは身体を抱えミカエルを見た。
その表情は一切変わらない。
だがガブリエルには彼の怒りがはっきりと感じられた。
「・・・答えは二つともノーだ。ここに来たのは私の独断だ。
理由は先ほど言った。
…一度戻れ。ガブリエル。」
それは命令と同じだった。
だが。
「…それはできない。」
今ここでこの場を離れれば、アンナ・ベルたちヴァレリアス家の人々に危険が及ぶのは間違いない。
それに…。
「御主の愛から外れると言うのか。」
「!…ミカエル…。」
「お前までいなくなると言うのか?…あの者のように。」
それは太古の昔に堕ちていった彼の半身。
今この話を持ち出すことは卑怯だと、ミカエル自身思ってはいた。
だが、卑怯な手段を使っても。それは彼の心からの本心であった。
「ガブリエル、戻るんだ。」
再度ミカエルは言った。先ほどより有無を言わせない声で。
「私は…。」
「ガブリエル。」
「…。」
「お前は何者だ?」
静かに、力強くミカエルは問い掛けた。
その声にガブリエルは
一瞬拳を握り締め。
解いた。
「私は、主の御使い…。主の左に座する者、天使ガブリエル。」
「そうだ。それ以外の何者でもありはしない。」
そしてそれ以外の何者にもなれはしない。
「今一度問う。大天使ガブリエル。」
「御意に…。」
それは二人の優しかった日々との
完全な決別だった。
To be Continued…
もうすこしばかり一緒にいさせるつもりでしたが。
伯爵がガブをほったらかした弊害がここに来ました…(T_T)
私的にはこっちのほうが好きですが期待して下さった方々本当にすみません!
吸血鬼になった暁には必ず!