彼方へ
第三部
3
何度かの口づけをすると、ヴラディスラウスはゆっくりとガブリエルの身体を褥に戻す。
まだ体力の戻らないガブリエルは、されるがままに体を横たえた。
その姿をうすく口元に笑みを浮かべながら見つめ、ヴラディスラウスはガブリエルの傍に腰を下ろす。
指を伸ばすと、ガブリエルの髪を絡ませた。
睦みあう人の恋人同士のしぐさのように。
だが、それを行う者はすでに人でなく、行われる者も人ではなかった。
(もし ひとで あれたなら)
まだどこか朦朧とした意識の中、ガブリエルはふと思う。
思ったこともない思うことを許されない、
だが思わずにはいられなくなったことを。
それでも、今二人はここにいた。
この場所に二人。ただそれだけ。
それは恐ろしく悲しく、だが…。
そこに見える感情が何であるにしても、奇跡に等しい事だった。
考えることを振り払うように、ガブリエルはわずかにかぶりを振った。
「…ガブリエル?どうした。」
「…いや、何でもない。」
問いには答えられない。
ガブリエルはそれを誤魔化すように聞いた。
「………さっきはどこに…行っていた?」
「さっき?ああ…。」
ガブリエルの問いに、ヴラディスラウスは何の気もなく答えた。
「食事だ。」
「…!!」
ガブリエルは弾かれたように体を起こした。
それに気にした様子もなく、さらに言葉は続く。
「今日は男だったがな。」
「…今日…は…?」
「なにかおかしいか…?私の糧は人の血液だが…?」
「……あ…。」
忘れていた。けして忘れてはならないことを。
彼は人を殺して生きなければならない…それを。
忘れて、いた。
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その日、天界の奥にて小さな悶着が起こっていた。
天と地、全てともいえる知識の源といわれる存在、その居城の前だった。
この場所は天使といえど自由には入れない。
膨大なる知識は、天使にとっても成長と堕落の両方の道となるからだ。
「何者だ。」門の番人を務める天使は、そこに訪れた顔を隠した天使に鋭い眼と声を向けた。
「わが名はゾフィエル。
ミカエル様の命を戴くもの。」
「は…!これは失礼を…!」
その天使…ゾフィエルが名を告げると、番人は警戒を解いた。
智天使ゾフィエル。
ミカエルの直属の天使であり光速の名をもつ…それ以外は謎とされる者。
だが、天使の長であるミカエルの信頼を頂く。それはゾフィエルの名を堅固な信用で包むに十分であった。
彼はラジエルの居城へと入って行った。
ここになら、ガブリエルを閉じこめた扉を開ける鍵がある。
そう信じて。
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「久しいな…ゾフィエル。」
この日も新たな知識を書に留めていたラジエルは、手を止めることなくゾフィエルを迎える。
背は向けられたままだが。
この天使が体を向ける相手は限られているのだ。
「お前が来るとは珍しい。ヨフィエルはどうしたのだ。」
「言霊に罰せられました。」
「何…?」
ゾフィエルの答えはラジエルの手を止めた。
だが、背はまだ向けられたままだ。
「…何があった。」
ヨフィエルほどの者が言霊に従わないほどの事。
ラジエルの言葉は質問の形は取っていたが、確認の意が込められていた。
「ガブリエル様が囚われました。」
「……。」
ラジエルはゆっくりとゾフィエルに体を向けた。
ゾフィエルがラジエルと向かい合うのは初めての事だった。
ラジエルは天使の例にもれず美しい姿だった。
その顔をかすかに歪め。
ラジエルは言った。
「ガブリエルは無事なのか?」
ラジエルが背を向けない数少ない者の一人、それはガブリエルだった。
ゾフィエルは一つうなずき、言葉で付け加えた。
「少なくとも、その存在は。」
「…分かった。[お前に」協力しよう。」
ラジエルはうなずいた。
To be Continued…
久々です、VH長編。
でも話自体はあんまり進んでないですね…;;健全ですし。
今度は18禁な雰囲気出せるといいんですが。
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