彼方へ
第三部
6
凍りつく果ての牢城で天使が囚われている間に、
天も地もゆるやかに時間をすすめていた。
そしてその時間は確実なもので。
バチカンでは帰ることのなかったヴァレリアス伯とガブリエルの安否を既に諦める声が大勢を占めていた。
彼らとともにヴァレリアスに向かった騎士たちも帰らず。
しかしヴァレリアスの城を纏っていた邪悪な気配は消え去っていた。
おそらく彼らの命は悪魔の征伐とひきかえに天に、と誰もが考えていた。
それをたった一人信じることを拒んだのは身重のアンナ・ベルただ一人だった。
バチカンは無人となった城に身重の女性を返すわけにもいかず、アンナ・ベルの滞在を許していた。
せめて出産までは、と。
だが城に戻ったからと言って彼女には生活のすべはない。
領地と領民はすでに他の貴族の手にわたっていた。
バチカンの進言により国王に報告がなされたのだ。
勿論、悪魔との契約の事は伏せられていた。
ヴァレリアスの一族が守ってきた肥沃な農村は、トランシルバニアにとってけして軽くはない生産量をもたらしていたのだから。
それは、ヴァレリアス一族が領民を大事に扱い、
領民もヴァレリアスに素直に従ってきた証拠でもあった。
だが、そのすべてはヴァレリアスの手を離れた。
アンナ・ベルに残されたものは城と、その周りのわずかな畑のみだ。
それでも彼女一人の手には余る。
妾腹とはいえ貴族の娘として育った彼女に畑を耕した経験など皆無だった。
それはアンナ・ベルも十分に分かっていた。
(このお腹の子供が生まれた後…いったい…。)
どうすればいい。
できるならこの場所で父とあの人を待ちたい。
でも、それは許されない。
そんな不安な日々の中。
バチカンにアンナ・ベルに逢いたいという人物が訪れた。
とある若い夫妻で、ヴァレリアスの領民であったものだという。
バチカンは不審に思ったが、アンナ・ベルは会いたいと願った。
懐かしい場所の民が逢いたいと言ってくれるのだ。
もう戻れない時間への望郷の念も働いて、アンナ・ベルは訪問者に逢うこととなった。
「ああ、あなたが…アンナ・ベル様ですね。」
「ええ。」
アンナ・ベルが顔を見せると夫妻は嬉しそうな顔を見せた。
どうやらまだ7歳ほどであろう息子かと思われる少年も一緒だった。
その少年の顔にアンナはどこか見覚えがあるような気がしたが。
気のせいだろうと、少しほほ笑みかけた後夫妻に視線を戻した。
夫妻を連れてきた僧たちが部屋から姿を消すと、アンナ・ベルは夫妻に話しかける。
「ヴァレリアスに住んでいたと聞きました。
このような事になって申し訳ないとは思って…。」
「アンナ様。」
「?」
ふと、男性が声を低くして話しかけた。
「あなた様を連れに参りました。」
「え…あなたは…?」
「あなたの父君がバチカンを出発された日、金髪の騎士があなたの部屋に来た事を覚えておいでですか?」
「金髪の…?」
アンナ・ベルは記憶をたぐりよせるが、時間は必要なかった。
(そうだ。ヨフィエル様のお姿が消えたときに…!)
一人の細身の騎士がここに来て、彼に自分の心を打ち明けた…。
「あの時の…!」
「しっ…声を小さく願います。」
「え、ええ。」
声をとがめられて驚きはしたが、アンナ・ベルにはしたい質問が山のようにあった。
言われたとおりの小声で、アンナ・ベルは問い始めた。
「あの時の方は生きておいでなのですか?
それに父やガブリエル様は…!!」
「あの時の騎士は生きています。
ですが…。」
アンナ・ベルはその答えに声を詰まらせる。
「父君は…残念ですがお亡くなりになられました…。」
「……!!」
辛すぎる事実をたたきつけられたアンナ・ベルは、その場に倒れそうになった。
「アンナ様…!」
「あ…ああ、申し訳ありません。大丈夫です。」
しかし、彼女は自分がこの場で倒れるわけにはいかないことを分かっていた。
「いえ…こちらこそ身重のあなたに辛い事を。」
「いいえ、それが事実なのでしょうから。
いずれは…受け入れなければいけません。」
「……気丈な方だ。」
男性は少し口の端を持ち上げる。
不敵な笑みだ、とアンナ・ベルは思った。
「では、話を続けさせていただきます。
あなたが先ほど聞かれたもう一人の方は、生死不明です。
あなたの兄君にさらわれた、とのことなので。」
「…ガブリエル様を…兄が…。」
アンナ・ベルはその事実には驚きながらも。
兄の最大の目的は果たされたのだと、不思議と納得はしていた。
「……ではガブリエル様の命はご無事ですわ…。」
「…?そう、なのですか?」
「ええ。でも理由はお聞きにならないでください。」
「…分かりました。では本件を話しても?」
「お願いします。」
「あなた様をヴァレリアス城にお連れします。
ご安心ください。
お世話は、私たちと…3人の騎士団で…。」
「…え…?」
「そしてこれが重要です。
騎士団の生存はバチカンには決してもらさぬよう願います。
バチカンには、私たち家族のみでお世話するということにしてください。
理由は、ヴァレリアスに着いたあと説明いたします。」
アンナ・ベルは心から驚いていた。
「なぜ…わたくし、を…?」
「それはお分かりでしょう?」
「え?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「あなたの兄君は生きているのですから。」
「……っ。」
アンナ・べルはその時自覚した。
戦いはまだ終わっていないのだと。
To be Continued…
ぽんぽんと舞台が飛んですみません。
人間界の事情が微妙に予定と変わってきたのでつい…。
おいて行かれた騎士団たちはこーいうことを始めてたわけですね。
バチカンを悪者扱いするつもりはないんですがいかんせん超真面目な場所なんで…。
気づけばもう今年も終わり。
あんまりかけてなくてすみません…!!
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